高校での「履修漏れ」の話が話題になっています。
⇒ アサヒ・ドット・コム 特集『
履修不足』
国が定めた「これこれこういう授業を何時間受けさせて、何単位取らすべし」という「学習指導要領」を、学校側が大学受験のために無視していた、そしてそれを生徒側は知らなかったということですね。
そして、厳密にやってしまえば、このままでは生徒たちは卒業できないと。いきなりこの時期に3年生に「単位足りないから受験に関係ない教科の補習、70時間受けろ」とかはきついっすねえ。
絶対にない話ですが、もしこれが「卒業生にもさかのぼって適用」とかになったらすごい。現在第一線で活躍している人が、軒並み高校中退扱い。大学卒業も取り消し。そしていまさら高校で補習。ものすごい長期の同窓会状態。
ところで、もし「さかのぼって適用」になったとしても、ゴンザは絶対に大丈夫です。というのも履修漏れなんかありえないカリキュラムの高校だったから。
川崎市の県立高校随一の進学校でありながら、まったく進学校らしくなく、生徒の8割が1浪するといういわゆる「4年制高校」。異常に学校行事が多く、体育祭・文化祭・マラソン大会・競歩大会・合唱コンクール・陸上競技会などはもちろん、クラス対抗球技大会も年に2回。もちろん遠足やら社会科見学やら修学旅行もばっちりあります。月1回はイベントがありましたね。
受験対策には、まったくチカラが入っていません。生徒が自主的にやるにまかせる。先生に受験勉強を強制されたことなんか一度もありませんでした。予備校中心に通って、学校ではほとんど見かけずに東大にストレートで入ったレアキャラもいました。
そして問題のカリキュラム。社会・理科は有無を言わさず全部必修でした。社会は「現代社会I」「地理」「日本史」「世界史」「倫理・政経」。理科は「理科I」「生物」「化学」「物理」「地学」。選択の余地はありません。絶対に全て履修です。例外なし。
そしてすごいのが、3年生になってから必修の社会・理科が「倫理・政経」と「地学」というマイナー教科なこと。
ゴンザは受験用に勉強する科目と、3年の必修科目が違うのはめんどくさいなあ、と思ったので、逆に受験選択を「倫理・政経」と「地学」にするという、普通はありえない大胆な手段にでました。
どっちか一方だけはありえても、どっちもがこの超マイナー教科という受験生は、ほとんどいなかっただろうなあ……。この一事からも、ゴンザの基本思想が合理的ながらも、根本的にあまのじゃくであることが見て取れます。
でも社会の「倫理・政経」はオススメですよ? だって他の教科に比べて覚えることが1/3くらいで済むし、選択者が少ない分レベルが上がりにくいので、問題のレベルも低めですから。ただし、受験できる学校が限られる、という弱点がありますが。
それにしても、全国の履修漏れ学校の方針もなあ……なんというか「大学受験のみに必死」な感じでみっともないなあ……。
前述のような変わった学校を卒業した身からすると、かならずしも日本の高校の「詰めこみ教育」って悪いとは思えないんですよね。入れれば入れるだけ入る時期に、考え方や思想ではなく知識を詰めこむ。その知識は大学生や社会人になってものを考えるようになってから「ああ、あれはそういうことだったのか」と後付けで気づくようになる。考える材料としての知識。
知識と思考の関係なんて、そんなもんじゃないでしょうか。「ミネルヴァのふくろうは、黄昏にはばたく」というのは警句であり至言。いろんな意味を含んだ言葉のような気がします。なんでしたっけ、「思いて学ばざればすなわちくらく、学びて思わざればすなわち危うし」でしたっけ? あの言葉も本質は似たようなものです。
とにかくあの15〜18くらいの世代に、なんであれ多岐に渡るものに触れるのはけっして悪いことじゃない。結局のところ、今のゴンザの能力の大半は、高校生くらいまでに得たものを、だましだまし使っているようなものです。材料はそこまでのもので、ただ「使い方」が少しずつ、巧みになっているから、進歩しているように見えるだけなんじゃないか、とつねづね感じます。
ただ、ゴンザは10代くらいまでに「知識」は得たと思っていますが、「身体で、あるいは感性で」触れておくべきものに、しっかり触れてこなかった、ということを今になって激しく後悔しているクチですけどね。もっと、ちゃんと青春しとけば良かったなあ……。
というような後悔をお持ちの方にオススメ本。
恩田陸さんの『
夜のピクニック』。
今すでに
映画にもなっていますね。ゴンザは映画は観てませんが。
この本、とにかく展開が地味。80キロにも及ぼうという道のりを、一昼夜かけてひたすら歩く「歩行祭」なる学校行事が、ただ延々と描かれます。言ってしまえばそれだけの本です。情景描写は少なく、ほぼ全編心理描写。特別な事件は、なにも起りません。殺人や行方不明もなければ、生徒の幽霊もでてきません。こんな起伏のない、ビジュアル的魅力に薄い話、いったいどうやって映画にしたんだか……?
でもさすがに、「ハズレの少ない賞」と言われる「
本屋大賞」をとっただけあって、いつのまにか引きこまれるいい本です。
たぶん、自分の青春の過ごし方を「十分幸せだった」なんて思ってる人なんてほとんどいない。それは甲子園で優勝投手になった人でも、ストレートで東大に入った人でも、生徒会長を務めてモテモテだった人でもたぶんそう。そんな「不十分なイライラ」こそが本質なのかもしれない、こっぱずかしいあの時代を、ノスタルジックに思い出させてくれる作品です。
派手な展開がないと物語じゃない!という人にはむきませんが、郷愁をさそう爽やかな読後感を得たいという人は読んでみてください。
というわけで、なぜか「履修漏れ問題」が「書評」で終わってしまいました。
posted by ゴンザ at 17:00| 静岡

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