2007年03月08日

『イニシエーション・ラブ』文庫化

このブログ『ゴンザの園』でもっともアクセス数を稼いでいる人気記事は、小論文<謎解き『イニシエーション・ラブ』>という記事です。『イニシエーション・ラブ』は乾くるみ氏作の小説。
『イニシエーション・ラブ』

タイトルから推測されるように、恋愛小説なんですが、ただ漫然と恋愛小説として読んでいると最後にわけがわからなくなるという、ある謎が隠されています。で、その謎をゴンザがしつこく解説したのが<謎解き『イニシエーション・ラブ』>なわけです。

この本は2004年に発売され、かなり話題になったのですが、ちょっと厳しかったのがその値段。ハードカバーなので1680円もするんですね。

そこで朗報。この『イニシエーション・ラブ』が文庫化される、という情報が入ってきました。発売元は文春文庫。まだ公式ページには発表されてませんが、各所の噂を聞くとどうやら確実で、発売日は4月10日になる模様です。

この本、かなりクセがあり、読み手を選びます。

まったく意味が分からないまま読み終わってしまったり、「意味はわかったけど面白くない!」とか「なんか読んでて登場人物にムカついた」とか「だからなんだよ!」という人もいます。

一方で「すげえ!傑作!」「こんな感覚は初めて味わった!」などと絶賛する人もいます。

万人にはオススメしないんですが、ちょっと変わった本をお探しのあなた、興味があったらお求め安くなる機会に読んでみてください。

文庫化にあたって気になることが2つ。

1つめは、表紙のデザイン。ハードカバー版の装丁の絵には、それ自体に隠された意味があったのですが、それが今回どうなるのか。新たなものになるのかどうか。

そしてもう1つは「作者による解説」がつくのか。同作者の難解な本『塔の断章』文庫版では、氏による自分の作品解説が巻末についたらしいですけど、『イニシエーション・ラブ』では、つけて欲しくないですねえ。

この作品は、
・読了後、「???」となったあとで「あっそうか!」となる「アハ体験」を味わう
・しばらく時間を置いたあとで「ああ、あそこもああなってたのか!」とぽつぽつ分かってくることがある
・視点を変えるとまた違うものが見えてくる
・読んだ人同士で「あれはわかった?」「あそこはこういうことだよね?」ということを推測しながら語り合う
といった、読者による積極的な読解に面白さがあるので、書いた本人が全ネタを明かしてしまったら、急につまらなくなると思うんですよね。

口を開けていれば答えを放り込んでくれる親切な本が多い中、読者に読解力・想像力・分析力を強要する「不親切な本」があっても良いのではないでしょうか。

ということで、「力」を試して見たい人は文庫版、ぜひ読んでみてください。解説があったら封印して!
posted by ゴンザ at 13:42| 静岡 ????| Comment(10) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月24日

【温水プール探訪】緑ヶ丘小学校屋内プール

東京へ行ったついでに、またひとつ温水プールを回ってきました。

■正式名称:目黒区立緑ヶ丘小学校屋内プール公式サイト

緑ヶ丘小学校屋内プール

【区分】公共(東京都目黒区立)
【場所】東京都目黒区緑が丘2-13-1
緑ヶ丘小学校屋内プール

【アクセス】
東急東横線東急大井町線自由が丘駅」から徒歩8分

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2007年02月19日

色診断

最近ゴンザの同僚の女の子が、「カラーなんちゃらかんちゃら」という講座に通い始めました。「カラーコーディネーター」ではなくて、色で表される心理などを勉強する講座なんだとか。

で、その講座の宿題として、周りのひとの心理データをとってくる必要があるらしく、ゴンザもよく協力を求められます。曰く「好きな色とキライな色は?」「このCDくらいの円の中に、色鉛筆で矢印を自由に描いてください」など。

強度の赤緑色弱のゴンザにこういうことさせて、果たして正確なデータがとれるもんだろうか?と首をかしげつつも毎回協力しております。そして、2週間ほどすると彼女はそのデータ結果を引っさげて講座から帰ってきます。

まず好きな色とキライな色でわかる性格。ゴンザは好きな色=緑、キライな色=赤と答えました。赤緑色弱らしからぬ選び方です。

で、そこから出てくる結果は
好きな色:緑:バランスのとれた性格。調和を好み、客観性がある。
キライな色:赤:権力や目上の人間からの押し付けを極端に嫌う。

……ちくしょう。悔しいけど当たってるなあ……。
特に上下関係が苦手というところが。後輩を怒ったりすることはほとんどないゴンザですが、上司には非常に手厳しいです。取り締まり役級とも平気でケンカをするので、よく「もうちょい上司に気を使え」と言われます。

円の中に矢印を書く、という調査についても結果を聞かせてもらいました。

まず円の上半分は、その人の表層的な部分、つまり周りからはこう見える、ということを指し、下半分は内面的な部分、実はこう、という性格を現すのだそうです。

でゴンザの場合、円の半径くらいの長さの矢印が、色とりどりにたくさん。
しかし上半分を見ると、黒・水色・青・紫・グレーなど寒色系統の色ばかり。これはつまり、表面的には非常に真面目でしっかりしていて冷静に見える、ということらしいです。

しかし、下半分をみると、黄色・オレンジなどの暖色系が断然多くなります。これは、楽しさなどを表すそうで、つまりは「一見真面目そうに見えるがそうでもなく、実は心の底で色んなことをユーモラスに楽しんでいる」ということになるそうで。

……くそう。当たってるなあ。

どうも、見た目の穏やかで冷静な感じと、実際のちょっとゆがんだブラック・ユーモア満載の性格にギャップがあると言われます。初対面の人はゴンザをすごく真面目で几帳面だと思うらしいんですが、こだわる部分以外は超アバウトだし、身の回りの整理整頓は苦手だし。

色診断、なかなか侮れません。
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2007年02月14日

バレンタイン・ジョーク

やあ、みんなゴキゲンかい? 今日2月14日はセント・バレンタイン・デー。ニッポンじゃ、女性が男性にお菓子をプレゼントする風習があるそうだね!

そこで今日は、このセント・バレンタイン・デーにちなんだ小粋なブラック・ジョークを披露することにするよ!

「なあ、ちょっと聞いてくれよ」
「なんだい?」
「俺の彼女、知ってるだろ?」
「ああ」
「彼女が今日、お菓子を俺にくれたんだ」
「そりゃまあ、バレンタインだからな。のろけなら勘弁してくれよ?」
「まあ、聞けよ。そのお菓子が、すごい豪華で大量だったんだ」
「なんだよ、やっぱりのろけじゃないか」
「でもな、それが全部不二家のお菓子なんだ」
「…………」
「彼女、『探すの大変だったのよ』ってニコニコしてるんだよ」
「…………」
「なあ、これってどう判断すべきだと思う?」
「…………」
「なあ?」
「俺から言えることはだな」
「おお!」
「幸せにな、ということだけだ」
「…………」

ヤッフウウウウウウ!
2007年の時事ネタで、かなりブラックなユーモアをキめてみたぜ! これが時々現れるブラック・ゴンザさ! それじゃみんな、いいバレンタインをな!
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2007年02月10日

『カノッサの屈辱』見たかったなあ……

先日FNSのキー局では『カノッサの屈辱』が一夜限りで復活したそうですね。見たかったなあ……。実家のビデオなら録画できるんですが、ウチの両親に「予約録画」などという高度な真似が可能なはずもなく、涙をのんであきらめました。

『カノッサの屈辱』を知らない人のために解説しておきましょう。

時は1077年ローマ教皇グレゴリウス7世神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は、聖職叙任権をめぐって対立しておりました。聖職叙任権とは司祭の任命権であり、これを我が物にしようとするハインリヒ4世に対し教皇は彼の破門と王位剥奪を宣言。皇帝に反発する諸侯もこれを後押しし、ハインリヒ4世は王位を追われる危機に陥りました。八方ふさがりとなった彼は、破門の解除を願って自ら教皇のもとに出向き直接謝罪いたしました。この謝罪の場となったのが、北イタリアにあるカノッサ城。この一連の事件を指して『カノッサの屈辱』と言い習わすのでございます……。

はーい。太字のとこは試験に出るよー。覚えてねー。

って、これは本当の『カノッサの屈辱』のお話でして、私が言っているのはテレビ番組の『カノッサの屈辱』のことでした。

これは1990年頃、深夜に放映されていた歴史パロディ番組。現代の様々な社会事象やメーカーどうしの開発競争などを、歴史になぞらえて紹介するという、かなり面白い情報バラエティでした。

どんなものだかイマイチ良くわからない、という人は、ゴンザが以前に書いたエントリ「サビオ帝国盛衰記」をちょいと覗いてみてください。ここの「絆創膏国見聞録」というのが、『カノッサの屈辱』を真似たつくりになってます。絆創膏のシェアの変遷をヨーロッパ史風にパロってます。『カノッサの屈辱』へのオマージュであり、パロディのパロディですね。

ゴンザは当時受験生であり、志望学部が社会学部であったこともあって、この番組は本当にツボでした。特に「倫理・政経」を受験選択していたこともあって、哲学史になぞらえた「クイズ番組史観」はヒットだったなあ。「我思う、ゆえにある・ある・ある(デカルト×百人に聞きました)」とか、深夜だったので笑いをこらえるのに必死だった覚えがあります。

この当時の深夜番組、とくにフジテレビのは充実してました。実験的な番組が多く、例えば後にプレミアムタイムに格上げになった「カルトQ」とか、言葉の音感から即興でその意味を作る「たほいや」とか、三谷幸喜氏の出世作「やっぱり猫が好き」とか、そのシリーズ「子供ほしいね」とか、カノッサの後の賭け番組とか、それからそれから名前忘れちゃったんだけど、叙述ミステリーを映像で表現するものごっつマニアックな番組とか!

まさに深夜番組百花繚乱。とりあえずエッチでバカな番組やっとけ、という場だった深夜が、クリエイターに冒険させる場として機能していた時代でした。まあ、バブル期で深夜にもガンガン番組をやる余裕があった、ということもあるのですけれど。

バブルよもう一度、なんてことはまったく思わないのですけれど、自由な発想で様々な文化が生まれるには、お金の余裕がやはり必要なのでしょうね。ちょうど江戸の元禄期がそうであったように、後の世から見れば、浮かれ騒ぎの時期であったとしても、その中に花開くものはあったのでしょう。

願わくば、あのような狂った余裕でない、本当の余裕の中で、面白いものがじっくりと生まれてくる世の中にしたいものです。
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2007年02月06日

あるある問題の後ろにあるもの

今日はちょっと真面目なお話を。

「あるある大辞典II」のデータ捏造問題が、まだまだ話題を集めていますね。おそらく他の健康・美容番組でも多かれ少なかれ、このようなことは行われていたのではないかと思います。

だいたいが「何かを短期間食べるだけで」⇒「やせる」「肌がきれいになる」「老化が止まる」などといううまい話がそうあるはずもありません。あるある大辞典のデータに関して言えば、捏造していないものについても、被験者数が3人とか5人とかで少なすぎます。

それにプラセボ効果も考えなくては。プラセボとは偽の薬のこと。何の効き目もない薬でも暗示を与えられれば効き目が現れる、という現象です。

「あなたはやせるはずだ!」という情報を与えられて1週間も過ごせば、「普段どおりの生活」と言ったって必ず無意識のうちに間食を避けたり、少し余計に身体を動かしたり、おなかに力を入れてたりするもの。そうすれば1キロくらいは一時的に体重が減してもおかしくはないんですよね。

まあ、そんな自然科学的なことは、いまさら私が言ったりすると、自然科学系の人に「当たり前だろ」と鼻で笑われてしまいますね。

じゃあ、ゴンザが専攻していた情報社会学の側面からすると、この問題は結局のところ「情報の大量生産・大量消費」の問題なのだろうな、と思います。

「大量生産・大量消費」というと「モノ」の問題がまず浮かび上がります。資本主義の競争の中で、大量にモノをつくり、大量に消費させ、そしてコストをさげるために無理をする。その無理が品質に影響し、三菱自動車や耐震偽装、雪印乳業・不二家のような事件となって現れます。

この「モノ」の生産・消費のひずみの問題が、「情報」にも現れたのが「あるある大辞典問題」なんですね。美容・健康・ダイエットという魅力的な情報の「消費」をみんなが求める。制作会社は週1回という短いサイクルでその「生産」を求められる。しかし、思ったような魅力的な情報が揃わない。

そうなると、品質を落としたものを提供するしかなくなる。品質を落とした「情報」とはつまり、取材が足りないもの、深く調べていないもの、検証をしっかりしていないもの、構成を練っていないもの。エスカレートすれば、結論ありきの我田引水・牽強付会ともいえる強引なものとなり、虚偽の捏造情報となるわけです。

かつてのNHKの看板番組「プロジェクトX」がきれいな終わり方ができなかったことも、根っこにはこの情報の大量生産・消費の問題があるといえるでしょう。「いい話」「泣ける話」すらも大量生産が求められる。しかも短期間・低コストで。そのひずみが「事実と異なる」という批判を浴びての幕引きにつながってしまったといえます。

お笑いの世界にも、この問題があります。エンタの神様。あの番組を決して悪いとはいいませんが、笑いという情報における大量生産・消費の番組と私の目には映ります。新ネタ・新ネタ・新ネタ。新人・新人・新人。

本来、漫才やコントなどのネタはいくつものステージを経て細かい点を修正しつつ練られていくものであって、週に1個作っていけるようなものではありません。それを強要されている若手芸人のネタは、だんだんと雑なものになっているように思います。

情報にも品質がある。情報を生産するに当たって、無理をすればその品質は落ちる。時にその品質の劣化は、モノの品質の劣化以上の悲劇を生む恐れすらある。

もっと面白いものを! もっと役に立つものを! もっとわくわくするものを! と求めるのも、ほどほどにせにゃいかんのだろうなあ、と古典落語なぞを聞きながらつらつらと考えるゴンザなのでありました。
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2007年02月03日

ページランクを調べてみた

先日、検索サービス・グーグルに関するNHK特集が放送されたことは、みなさんご存知でしょうか。

日本では検索サービスといえばYahoo!Janpanが1位で、その次がグーグルになるのですが、アメリカではグーグルが圧倒的なシェアを誇ります。グーグルの会社には世界屈指の頭脳が揃っていて、効率的な検索の方法、広告の手法などを中心にさまざまなプロジェクトを進めているそうです。

で、検索サービス・グーグルの強みとは何か、というと「他の検索サービスに比べて、欲しい情報が検索結果上位に現れるので使いやすい」ということにあるようです。この検索結果の並べ方というのはグーグルの最高機密。膨大なデータと規則、アルゴリズムによって並べられているらしいのですが、その中で重要なのがページランクというもの。

これはその名の通り、そのホームページのランク、つまり良いページかどうかを評価する指針であり、単純に言えばこのランクが高いほど上位に表示される仕組みになっているそうです。

ランクづけの大きな指標となるのは、被リンク。つまり受けているリンク。

たくさんのページからリンクが貼られているページは、重要な情報がたくさんあるページと解釈されランクが上がります。また、ランクの高いページからのリンクは、ランクの低いページからのリンクよりもポイントアップとなるそうです。

ちなみにトラックバックによる被リンクは、このランク付けからは無視されるそうですので、スパムトラックバックにはランク上げの効果はありません。

で、このグーグル・ページランクは非公開のものではなく、ツールやページのサービスによって簡単に分かります。
例えばこことかで。

ページランクは0が一番低くて、10が一番高いようです。
ほぼ休眠状態にあるこの「ゴンザの園」のページランクは2007年2月現在で2。へえ。思ったより高いじゃないですか。個人ブログで2あればけっこうなもんだ。

もうひとつゴンザが管理人をつとめる「TNC静岡ジモティーズ」のページランクは4でした。うんうん。注力している甲斐があるってもんだ。

このページランク、なかなか上がるもんではなくて、有名面白サイト・デイリーポータルZ6、化け物サイトYahoo!Japanですら8であることをみれば、2だの4だのというのも、さほど悪いランクではないことがお分かりいただけるかと思います。

まー、ちょっとした通信簿気分で、ときどきチェックしながらブログの更新、がんばってみようかなっと。
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2007年01月31日

やばい……1月も終わりだ

もー今日で1月が終わりだということに気づいて慌てているゴンザです。

早いなあ……このブログも休眠状態になってしまっているものの、さすがにサボりすぎである、ということに反省してます。やっぱり私の能力では2つのブログのかけもちオーナーになるのは無理があるようで。さらには仕事でもうひとつブログを立ち上げる企画があったり、本業でやってるメールマガジンの発行数を増やすたくらみを某課長が企てていたりで、

「もーむりじゃー! キャパ超えてるって!」

と叫びだしたい今日この頃です。

そんな愚痴を言う前に、ご挨拶せねばならないことがありました。

あけましておめでとうございます。(←かなりのアホ)

毎年飾っていた木版画年賀状をまだ掲示していなかったことに気づきました。もう1個のほうのブログでは元日にアップしていたんですけど、やっぱりこっちにも出しときまっす。

2007年年賀状

たしか5版6色刷り。モチーフは静岡県長泉町にある「クレマチスホワイトガーデン」のテッセンの一種。左下の文字は天才デザイナー芹沢けい介氏の図案による「春」の字です。

芹沢氏のデザインは今見てもかっこいい。エスニックな感じがたまらない。興味のある方は静岡市にある、氏の美術館を訪れてみてください。登呂遺跡のすぐ近くですよ!

それではナマケモノ・ゴンザを2007年もよろしう。
posted by ゴンザ at 15:53| 静岡 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

【温水プール探訪】烏山中学校温水プール

また最近、短期入院していたゴンザです。そして戻ってきてみれば、メインで書いてるお仕事ブログのココログは、超長期メンテナンス中。53時間に及ぶメンテナンスって、ナニをやってるんだろう……。

そんなわけで少し一息つける状態なので、今日はけっこう前に行ってきた温水プールのレポートをします。

■正式名称:世田谷区立烏山中学校温水プール公式サイト

烏山中学校温水プール

【区分】公共(東京都世田谷区立)
【場所】東京都世田谷区南烏山4-26-1
烏山中学温水プール

【アクセス】
京王線千歳烏山駅」から徒歩7分続きを読む
posted by ゴンザ at 14:12| 静岡 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | 温水プール探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

履修漏れのお話。

高校での「履修漏れ」の話が話題になっています。
⇒ アサヒ・ドット・コム 特集『履修不足

国が定めた「これこれこういう授業を何時間受けさせて、何単位取らすべし」という「学習指導要領」を、学校側が大学受験のために無視していた、そしてそれを生徒側は知らなかったということですね。

そして、厳密にやってしまえば、このままでは生徒たちは卒業できないと。いきなりこの時期に3年生に「単位足りないから受験に関係ない教科の補習、70時間受けろ」とかはきついっすねえ。

絶対にない話ですが、もしこれが「卒業生にもさかのぼって適用」とかになったらすごい。現在第一線で活躍している人が、軒並み高校中退扱い。大学卒業も取り消し。そしていまさら高校で補習。ものすごい長期の同窓会状態。

ところで、もし「さかのぼって適用」になったとしても、ゴンザは絶対に大丈夫です。というのも履修漏れなんかありえないカリキュラムの高校だったから。

川崎市の県立高校随一の進学校でありながら、まったく進学校らしくなく、生徒の8割が1浪するといういわゆる「4年制高校」。異常に学校行事が多く、体育祭・文化祭・マラソン大会・競歩大会・合唱コンクール・陸上競技会などはもちろん、クラス対抗球技大会も年に2回。もちろん遠足やら社会科見学やら修学旅行もばっちりあります。月1回はイベントがありましたね。

受験対策には、まったくチカラが入っていません。生徒が自主的にやるにまかせる。先生に受験勉強を強制されたことなんか一度もありませんでした。予備校中心に通って、学校ではほとんど見かけずに東大にストレートで入ったレアキャラもいました。

そして問題のカリキュラム。社会・理科は有無を言わさず全部必修でした。社会は「現代社会I」「地理」「日本史」「世界史」「倫理・政経」。理科は「理科I」「生物」「化学」「物理」「地学」。選択の余地はありません。絶対に全て履修です。例外なし。

そしてすごいのが、3年生になってから必修の社会・理科が「倫理・政経」と「地学」というマイナー教科なこと。

ゴンザは受験用に勉強する科目と、3年の必修科目が違うのはめんどくさいなあ、と思ったので、逆に受験選択を「倫理・政経」と「地学」にするという、普通はありえない大胆な手段にでました。

どっちか一方だけはありえても、どっちもがこの超マイナー教科という受験生は、ほとんどいなかっただろうなあ……。この一事からも、ゴンザの基本思想が合理的ながらも、根本的にあまのじゃくであることが見て取れます。

でも社会の「倫理・政経」はオススメですよ? だって他の教科に比べて覚えることが1/3くらいで済むし、選択者が少ない分レベルが上がりにくいので、問題のレベルも低めですから。ただし、受験できる学校が限られる、という弱点がありますが。

それにしても、全国の履修漏れ学校の方針もなあ……なんというか「大学受験のみに必死」な感じでみっともないなあ……。

前述のような変わった学校を卒業した身からすると、かならずしも日本の高校の「詰めこみ教育」って悪いとは思えないんですよね。入れれば入れるだけ入る時期に、考え方や思想ではなく知識を詰めこむ。その知識は大学生や社会人になってものを考えるようになってから「ああ、あれはそういうことだったのか」と後付けで気づくようになる。考える材料としての知識。

知識と思考の関係なんて、そんなもんじゃないでしょうか。「ミネルヴァのふくろうは、黄昏にはばたく」というのは警句であり至言。いろんな意味を含んだ言葉のような気がします。なんでしたっけ、「思いて学ばざればすなわちくらく、学びて思わざればすなわち危うし」でしたっけ? あの言葉も本質は似たようなものです。

とにかくあの15〜18くらいの世代に、なんであれ多岐に渡るものに触れるのはけっして悪いことじゃない。結局のところ、今のゴンザの能力の大半は、高校生くらいまでに得たものを、だましだまし使っているようなものです。材料はそこまでのもので、ただ「使い方」が少しずつ、巧みになっているから、進歩しているように見えるだけなんじゃないか、とつねづね感じます。

ただ、ゴンザは10代くらいまでに「知識」は得たと思っていますが、「身体で、あるいは感性で」触れておくべきものに、しっかり触れてこなかった、ということを今になって激しく後悔しているクチですけどね。もっと、ちゃんと青春しとけば良かったなあ……。

というような後悔をお持ちの方にオススメ本。
恩田陸さんの『夜のピクニック』。
今すでに映画にもなっていますね。ゴンザは映画は観てませんが。

この本、とにかく展開が地味。80キロにも及ぼうという道のりを、一昼夜かけてひたすら歩く「歩行祭」なる学校行事が、ただ延々と描かれます。言ってしまえばそれだけの本です。情景描写は少なく、ほぼ全編心理描写。特別な事件は、なにも起りません。殺人や行方不明もなければ、生徒の幽霊もでてきません。こんな起伏のない、ビジュアル的魅力に薄い話、いったいどうやって映画にしたんだか……?

でもさすがに、「ハズレの少ない賞」と言われる「本屋大賞」をとっただけあって、いつのまにか引きこまれるいい本です。

たぶん、自分の青春の過ごし方を「十分幸せだった」なんて思ってる人なんてほとんどいない。それは甲子園で優勝投手になった人でも、ストレートで東大に入った人でも、生徒会長を務めてモテモテだった人でもたぶんそう。そんな「不十分なイライラ」こそが本質なのかもしれない、こっぱずかしいあの時代を、ノスタルジックに思い出させてくれる作品です。

派手な展開がないと物語じゃない!という人にはむきませんが、郷愁をさそう爽やかな読後感を得たいという人は読んでみてください。

というわけで、なぜか「履修漏れ問題」が「書評」で終わってしまいました。
posted by ゴンザ at 17:00| 静岡 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする