※これはゴンザが2年前に体験した医療の現場についての連載レポートです。できれば過去の記事からご覧下さい。
◆記事目次◆
1-1)
『輪切りの私』1-2)
『白衣の天使は実在するか?』1-3)『センセイになった日』(当記事)
1-4)
『こうじょうせん途中下車の旅』1-5)
『オープン・ザ・医療』1-6)
『4つの管』残暑厳しい9月半ば、私は清水市立病院に来ていた。東京の病院への転院手続きのためである。
具体的には、検査結果一式をもらうのが目的だ。
検査データ、撮影画像フィルム、主治医所見、紹介状などを、ボール紙でできた大きな書類入れに入れてもらった。
こういった資料を外部に貸し出してもらうのは、昔はなかなか大変だったらしいが、転院やセカンド・オピニオンの一般化により、最近はかなり簡単に出来るようになっている。
┏【医療な言葉:セカンド・オピニオン】┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
┣ second opinion
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┣ 日進月歩で研究の進む医学界では、1人の医師、1つの医療機関が
┣ 全ての病気と治療法に精通するのは、現実的に不可能である。
┣ 故に現在の主治医だけでなく、他の医師の意見も求めた方が、
┣ よりよい治療法に結びつく可能性が広がる。
┣ この他の医師、他の医療機関の意見というのが
┣ セカンド・オピニオン、すなわち、第2の意見である。
┣
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資料の中には私の一部も入っている。
しこりが見つかった首筋の組織を採取し、プレパラートにした「組織切片」といわれるものが入っているのである。
文字通り、「私の一部」である。
そして私の感覚では「なまもの」である。
これをもらう時、私は聞かずにはいられなかった。
「あの……これ……保存方法とかは……?」
書類を書いていた看護婦さんは、プレーリードッグのようにひょこりと顔を上げ、しばし私と見つめ合った後、そのままの体勢で声をあげた。
「先生ー、これ冷蔵庫とかに入れといたほうがいいんですかー?」
グッジョブ、ナース。
直球すぎる表現に疑問は残るが、それこそ私の聞きたかったことだ。
自分の細胞がいつの間にか腐ってたりするのはとてもイヤなことだ。
しかし家の冷蔵庫の中で、「ユン家のキムチ」と使いかけのベーコンの間にあるのも、それはそれでとてもイヤだ。
ありがたいことに、先生は笑って、
「ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと処理してあるから、常温で。」
と言って下さった。
よかった。たぶん塩漬けにでもしてあるのだろう。
◇
重くはないが、その大きさゆえに持ちにくい検査データ一式を抱え、私は病院前からタクシーに乗り込んだ。
「清水インターの高速バスのバス停まで。」
ふー。シートに沈んで外を見る。
正直に言うと、1週間ほど前、自分の病名を告げられた時は動揺した。
甲状腺癌。
ガン? え? 俺ガン患者?
甲状腺? 甲状腺ってなに?
横で身じろぎする両親の気配を感じながら、医者の言葉を混乱する頭で聞いていたのを思い出す。
2〜3日は色々余計なことを考えて、食事もなかなかのどを通らなかったし、眠るのも難しかった。
が、周囲の協力を得て情報を集めたところ、この病気が、病名の印象ほどには危険なものでないことを知り、かなり落ち着いてきていた。
これから転院する病院が、甲状腺癌にかけては日本で指折りの病院であることも、私の安心の助けとなっていた。
(まあ、なんとかなるだろう。)
自分の神経が意外に図太いことを発見して満足していると、運転手さんが話し掛けてきた。
「珍しいですねェ。今日は新幹線じゃあなくて、東名バス使うんですか?」
「え? ええ。これから行くとこが、バスのほうが都合いいんで。」
「そうですかー。」
? 「今日は」? 「珍しい」?
ここからタクシーに乗るのは、初めてなんだけど。
初老の運転手さんの横顔を見ながら、首をかしげた。
「何分のバスに乗ります?」
「えーと、2時15分の東京行きです。間に合いますよね?」
「んー。今の時間なら、大丈夫でしょう。5時過ぎると混んじゃうからわかんないけど。」
「なるほど。」
「東京ですかー。やっぱりお仕事ですか、センセ。」
? 「センセ」って言ったか今?
なんだ? 「ダンナ」みたいな意味か?
「ええまあ……」というような曖昧な返事をしていると、運転手さんはため息をつくように言った。
「大変ですねえ、センセも。」
ここに至って私にもようやく飲み込めた。どうやらこの運転手さん、私を医者だと思っているらしい。
そうか。
Tシャツにチノパンというラフな格好。
抱えた大きな書類ケース。
そして全身から匂いたつ知性。
これらの要素から、運転手さんが私を医者だと勘違いしたとしても、
誰が責めることができようか。
いや誰にもできない。(疑問・反語)
「最近はあれですか、やっぱり患者は年寄りばっかりですか?」
運転手さんの夢を壊してはいけない。私は夢の守り人として振る舞うことを即座に決めた。
「そうですねえ。やっぱり多いですねえ。
まあ、病院が集会所になってるような部分もありますから。」
「ははぁ。今日はあのじいさん具合が悪くて来てないよ、
ってやつですか。」
「そうそう。
病院の一つの役割だ、とも言えるんですが、
それで重い病状の人が待つことになってはねえ。」
「まったくですねえ。」
積極的な嘘はつかない、というコンセプトのもと、転院していく私と運転手さんのニセ医者トークは、ほのぼのと残暑の空に吸い込まれていったのであった。
【つづく】
◆記事目次◆
1-1)
『輪切りの私』1-2)
『白衣の天使は実在するか?』1-3)『センセイになった日』(当記事)
1-4)
『こうじょうせん途中下車の旅』1-5)
『オープン・ザ・医療』1-6)
『4つの管』