2005年12月06日

【医療エッセイ】1-4『こうじょうせん途中下車の旅』

※これはゴンザが2002年に体験した医療の現場についての連載レポートです。できれば過去の記事からご覧下さい。


◆記事目次◆
1-1)『輪切りの私』
1-2)『白衣の天使は実在するか?』
1-3)『センセイになった日』
1-4)『こうじょうせん途中下車の旅』(当記事)
1-5)『オープン・ザ・医療』
1-6)『4つの管』

「問題。『こうじょうせん』とは何?」
「甲府と上野をつなぐ電車?」
「残念。不正解。」

私は「甲状腺癌」と診断されたわけだが、甲状腺とはあまり耳慣れない器官である。

「あなたの好きな身体の器官をひとつ挙げてください。」という人気投票でも、上位には食い込めないだろう。そんなマイナー器官を患うのも、私らしいと言えるかもしれない。

甲状腺は「内分泌系器官」に分類される。分かりやすく言えば、ホルモンを作る器官だ。ヨードという海藻に多く含まれる栄養素を取り込み、新陳代謝をコントロールするホルモンを分泌するのが、その主な役割である。

場所は首。のどぼとけの下、食道に張り付くように存在する。しばしば「ちょうちょのような形」と形容される甲状腺を、「内蔵型蝶ネクタイ」と言ったらかなり過言だ。

甲状腺癌という病名はとてもマガマガしいが、その語感とは裏腹に、ごくまれなケースを除いて非常に進行が遅く、転移もしにくい癌だという。
そこで甲状腺癌はこう表現される。

『おだやかな癌』

なにやら『温厚なやくざ』のようで怖い感じもするが、要するに悪化しにくく、治療しやすい癌ということだ。

さて「ガン宣告」を受けたゴンザだが、数日落ち込んだ後、けっこうさっさと覚悟を決めた。こういう時、「なんで自分が」とか「もっと早く気づけば」などと考えたところで、なんの役にも立たないのである。

幸いにも命がどうのというような状況ではない。不安というのは、おばけといっしょで、正体がよくわからないと大きくなってしまう。状況をしっかり把握し、どんな問題があるのかをきちんと見据え、ひたすら現実的に対処することにした。

まずやったのは、現状を書き出してみること。トラブルがあったときは、それを目に見える形で整理してみるのが一番であり、ゴンザにとっては「書く」ということは自分を整理する最もいい方法なのである。

・自分は甲状腺癌という病気にかかっている。
・甲状腺癌は進行が遅いため、対処方法について時間をかけて考えることが可能である。
・現状、とくに身体に変調はない。
・早期発見とは言えず、ステージ2という状態まで広がっており、ほうっておいてよいレベルではない。
・患部の範囲からして、摘出手術がほぼ唯一の治療手段である。
・命に危険の及ぶ手術ではない。
・位置からして声を出す神経に傷をつけ、声が変ってしまう恐れがある。

ここまで書くと方針が定まってくる。「手術を受ける」それが大前提。ならば腕のいい医師に手術してもらうことで、神経に傷をつけるというリスクを低くするのが、患者としての最良の選択になる。

幸い、ゴンザには強い味方がいた。ゴンザの母方の一族は医者の血筋で、開業医はいないものの、医療研究や管理栄養士、薬剤師のたまごなどがごろごろいるのである。その中でも一番年の近いいとこは、ハーバードの助教授という経歴をもつ医療研究者で、当時ボストンにいた。彼に国際電話で相談を持ちかけ、よい病院を探してもらうことと、医者を紹介してほしい旨をお願いし、同時にゴンザ自身もネットなどを使って情報を集めた。

いとこ曰く、病院選びでまずあてにすべきなのは「症例数」だそうだ。

病院の質は、客観的に測りがたい部分がある。いい評判も悪い評判も、なかなか外に出てきづらい体質があり、また一口に病院の質といっても、手術がうまいとか、診立てが正確とか、心のケアが上手とか様々な側面があり、一概に数直線上に置くことはできない。

そんな中、病院を評価するうえで量的データとしてもっとも簡単なのが、ある病気についてどれくらいの数の患者を診てきているか、という「病院としての経験数」=「症例数」なのである。もちろん多けりゃ単純に安心、というわけではないが、病院選びの指針としては大きい。

特に手術の分野は、言ってみれば「職人芸」の世界なので、同じような手術をどれくらい過去に行っているかでその上手さがまったく違う。脳外科手術のような特殊分野でない限り、多少の才能より経験のほうがはるかに勝る世界なのだそうだ。

最終的に、いとこが紹介してくれた病院は、ゴンザが集めた情報とも一致する、甲状腺疾患を専門に取り扱う東京の有名な病院だった。いとこには、アメリカから方々の知り合いに手を回して、紹介状を作ってもらった。持つべきものは優秀な親戚である。ほんとにありがたかった。

こうして病院を選びながら、ゴンザは会社を休むことについての調整、甲状腺疾患についての勉強、保険の適用条件調査などを進めていた。多少精神的に揺れ動く時期もあったが、表面上かなり平静だったようで、後に「気丈なのにびっくりした」とか「病気を抱えてるのは知ってたけど、癌だとはぜんぜん思わなかった」とか言われたものだった。

当人にしてみれば、体調に異常はないのだし、やるべきことははっきりしていたので、変に考え込んでもしょうがない、というところだったのだが、この割り切り方も、ひょっとすると「医者の血筋」の成せるわざだったのかもしれない。

【つづく】

◆記事目次◆
1-1)『輪切りの私』
1-2)『白衣の天使は実在するか?』
1-3)『センセイになった日』
1-4)『こうじょうせん途中下車の旅』(当記事)
1-5)『オープン・ザ・医療』
1-6)『4つの管』



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posted by ゴンザ at 11:38 | 静岡 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 医療エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一連の記事を読んで何とコメントしてよいやら…と考えあぐねておりました。

私の友人の言葉を借りれば『大ピンチは大チャンス』
実際にそうなんだけど、ちょっと待ってよ、と言いたくもあり。

命に影響がないのは不幸中の幸いですよね。

ゴンザさんと病気の重さは異なりますが、私も軽い頚椎ヘルニアで左腕がしばらくシビレていました。今も時々症状が出ます。

大ピンチは大チャンス

日常の雑多な事に追われる毎日にちょっと待った!とピンチが起こされ、考えなければいけない事に目を向けさせられるチャンスができる。

本人にしてみれば、もうちょっと手加減してよ〜と言いたくなりますが、おそらくそうでもしないと少々のことではへこたれなかったんだろうと解釈しております。

ちなみに私の父も私と同時期に重めの頚椎ヘルニアになっているところをみると、親子して我の強さが似てるのか?と妙に納得しましたが(笑)
父の腕のシビレは全然良くなっていません。私の解釈では考えなければいけない事に目を向けていないから。
私に言わせれば、ゴンザさんも神様に愛されているって証拠です。

神様の方法は少々荒っぽいですが(笑)
Posted by みちる at 2005年12月14日 20:51
みちるさん、ありがとう。
やっぱりこういう時、周りのほうが「なんて言ったらいいものやら……」と困ってしまうものですよね。ゴンザの周囲もだいぶ気を使ったようです。本人はそれほどナーバスになってなかったんですが。

確かに病気をすると、色んなことを考えます。ゴンザは「時間」について考えましたね。簡単に言えば、「ぼーっとしてちゃ、いけないな。人に与えられている時間は、どんなに長生きでも有限なんだから。いつも一生懸命やんなきゃ。」ということ。

でもまー、健康になるとソッコーでそんな反省は忘れてしまいます。喉元すぎれば熱さ忘るる、ってまったく真実ですわー。
Posted by ゴンザ at 2005年12月15日 10:23
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