◆記事目次◆
1-1)『輪切りの私』
1-2)『白衣の天使は実在するか?』
1-3)『センセイになった日』
1-4)『こうじょうせん途中下車の旅』
1-5)『オープン・ザ・医療』
1-6)『4つの管』(当記事)
私が甲状腺がんの手術のために入院したのは、2002年10月23日のことだった。奇しくもこの日は、私の誕生日である。
入院に際しては、たいてい看護婦さんによる問診があるが、その時まず最初に名前と生年月日を聞かれる。
「昭和**年、10月23日です……へへっ、今日なんですよ」
やや自虐的な笑いとともに答えると、看護婦さんは目を見開いて言った。
「まあ、そうなんですか。それはまた……一生忘れない誕生日になりますねえ」
……たしかにね。
最近の手術入院というのは、とてもハイペースである。入院した翌日には手術を行い、早ければ退院は1週間以内だ。首のところにある甲状腺を全部切り取って、リンパ節もざっくりいって、頚動脈の1本をブッチぎるわりには、ずいぶんスピーディだ。なんとなく、自分が流れ作業の電化製品にでもなったような気がする。
さて、手術前後というのは、色々と不自由なことが多い。
理由はいくつかあるが、その最たるものを一文字で言えば「管」である。
管が体の各所に入れられているので、身動きが取れないのだ。
まず1つめ。おなじみの点滴である。
水分や栄養をとるためであったり、傷の化膿を防ぐ抗生剤の投与であったり、麻酔の準備としてであったりと目的はいろいろあるのだが、手術前後は、ずっと左腕に点滴の管が刺さったままだった。
次に鼻の管だ。
手術の直前に鼻の穴から胃に達する、細い管を入れられる。
手術中に嘔吐を起こさないための対策らしい。
手術室に入ってすぐ、鼻から管を突っ込まれ、「はい、吸い込んでくださーい」と言われる。
おえっ、となりそうなのを我慢してハナをすするように吸いこむ。
2度ほど失敗し、「はいがんばってー」と励まされてやっと成功した。
「はい、上手上手、いいとこ入ってますよー」
と看護婦さんに誉められた。
やった。俺やったよ母さん。
その後、無事に私は甲状腺準全摘手術を終えたわけだが、この管は、麻酔が切れてから3時間後までとってもらえなかった。
正直、この管が一番うっとうしい。
3つめは看護婦さんの言うところの「お小水の管」である。
つまりは、その、なんだ、アレである。
「漢の排水管」を延長する形で管がつなげられ、ベッドの下のポリタンクにつなげられるのだ。
これにより、トイレに行かずに用が足せるわけだが、
「トイレくらい独りで行くし!行きたいし!行かせて!」
という気分になるのをとめることはできない。
全身麻酔での手術経験のない諸兄に、念のため言っておくが、この管は「漢の排水管」の外側を覆うように連結されるのではない。
内側につっこまれるのである。
麻酔が効いて意識のないうちに入れられる、というのは「武士の情け」なのだろうか。
ちなみに手術後丸1日外してもらえなかった。
この管が、どうやってしっかり連結されるのか?というあたりが気になる人もいるだろう。
じっくり観察してみたところ、どうやら管の先に、空気を入れるとぷくっと膨らむ風船状の部分があるようだ。入れるときには、このミニ風船には空気が入っていないので細い。それをぐいと突っ込む。しっかり突っ込んだら、そこでおもむろに空気を入れる。すると、管の中でミニ風船がふくらみ、ビシッと固定されるのである。(図1)

図1 お小水の管の取り付け方
この管、外される時は、もちろん意識がある。しかも外すのは看護婦さんだ。私の場合、けっこう美人な若い看護婦さんだった。なかなかに厳しい事態だ、とみなさん思われるだろう。
しかし、あまりにこの管がわずらわしいために、恥ずかしいというより、
「おう、姉ちゃん、とっととやっつくんな!」
という気持の方が強かった。ゆえに、残念ながら「どきどき初体験・やさしくしてね」という感じにはならなかった。
なお、この管は「外す時、痛いというより、すごく気持悪い」ということを、諸兄は覚えておくとよいだろう。
最後の4つめの管は、ドレーンというものである。
┏【医療な言葉:ドレーン】┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
┣ drain
┣
┣ 排液管。手術を行った部位から出る血液、リンパ液や膿、
┣ 部位によっては淡などを排出するために入れられる管。
┣ 手術した部位に差し込まれるように入れられ、
┣ 排液の量が一定以下になるまでつけておく。
┣
┗┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻
私の場合は、鎖骨の上あたりにこのドレーンが入っていた。
細い透明のチューブである。
その先には10センチ四方くらいのレトルトパックのようなプラスチックの透明ケースがついており、ここに排液がたまっていくように出来ている。
術後2〜3日、患者はこのチューブにつながったパックを、仲良しペットのように、どこに行くにも連れ歩くことになる。いちいち持って歩くのは面倒であるので、このパックを入れておくポシェットのような袋が支給される。
病院側のうれしい配慮だ。
手術から2日目。
めでたく「お小水の管」がとれた私は、レントゲン検査が入っていることを告げられ、エレベーターで地下の検査フロアーに下りていった。
そして立ちすくんだ。
忘れていた。
ここは外来の患者さんも来るフロアだった。
私の入院した病院は、東京・表参道の駅前にある。
隣はベネトン。向かいにはモリ・ハナエビル。通りにはクリスチャン・ディオールにルイ・ヴィトン。今はあの「表参道ヒルズ」が出来ている。
周りを見渡せば、南青山、麻布、広尾、六本木。
日本一おしゃれな地域であるといっても過言ではない。
当然、外来でやってくる患者さんもおしゃれをしてくる人が多い。
患者の80%が女性であるから、なおさらだ。
私の前には秋らしいシックなブラウン系の装いに身を包み、モスグリーンのショールをゆったりと肩にかけた上品な若奥様風のご婦人が座っていた。
かたや、私である。
寝巻き代わりの作務衣をてれてれに着ている。
素足にスリッパである。
寝ぐせに無精ひげである。
動かせない首が右に傾いている。
そして、排液のパックが入った真っ青なポシェットが、肩からたすきがけに下がっている。
たぶん若奥様は思っただろう。
なぜこの方、おにぎりを持っていないんでしょう?
傘のささったリュックも足りないんじゃないかしら?
「入院患者である」というのとは違った意味での気の毒さを、私は全身で演出していた。
手術直前にもかかなかったようないやな脂汗を背中にかきながら、検査の順番を待ったあの時間。
思えばあれが、入院中最大の試練だったかもしれない。
<つづく>
◆記事目次◆
1-1)『輪切りの私』
1-2)『白衣の天使は実在するか?』
1-3)『センセイになった日』
1-4)『こうじょうせん途中下車の旅』
1-5)『オープン・ザ・医療』
1-6)『4つの管』(当記事)
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良いですね〜。
これからの季節にはもってこいですね。
一瞬、頭をよぎってしまいました。
作務依姿でリュックをしょって、新車を颯爽とすべらせているゴンザさん。
(ありえないけど、ちょっとやってほしいかも)
来年の年賀状はちぎり絵でしょうか。
「管」です。。一番の問題です!!
手術で切ったり、縫ったりはやむをえません。。しかし、「管」は・・・
まだ、点滴は我慢できますが、管を差し込まれるのはいかがなものか。。
異物ですものねぇ。。
麗奈も、以前同じように管を差し込まれた時には、
ありえない展開!!って感じでしたから。。
感触もさることながら、美観が・・・
特に、見える部分にはなるべく避けて欲しいと
思いますよね。。無理なのかな・・・
「鼻の管」は考えただけで死んじゃいそうですよ。。
ゴンザさんはいっぱい頑張ったんですね。。
ご無沙汰しておりました。もー最近は本業が忙しくて、こちらのブログもネタだけあって書く暇がない、という状態で。
新車、とってもよいです、スポーティで。作務依姿でこの新車を走らせると、袈裟姿でスクーターを駆る坊主のような趣きになるかもしれません。
>麗奈☆さん
そうですねえ、がんばったっちゃあ、がんばりましたが……あんまり構えすぎると手術とか入院はしんどくなるので、あれはなんだろう?これはなんだ?あの看護婦さん美人だな、俺って今まぬけじゃない?と、もうネタ探しをしながらだったような。病院は、ある意味ネタの宝庫です。
でも、深刻な内容なのに面白く拝見しました。
実は「管」の読み方で検索したらこのブログにきました。
私は音声訳をしているのですが、「管」を「クダ」「カン」どっちで読むか悩んでいます。
看護婦さん達はどちらででしたか?
教えて頂けたら助かります。
又、伺います。
先端の風船は「漢の排水管」(笑)の中で固定されるのではなく、膀胱の中で、風船が膨らみ、ひっかかるようになっております。
私は、無麻酔でこれを入れられましたが、痛かったです(涙)。