今回も「800字小説」。示された3つのキーワードにしたがって、800字以内で一つのお話を作る「ショートショート三題噺」です。
この時のお題は「あした/喫茶店で/去年知り合った人が」というものでした。
【800字】人待ちの情景 (2003-08-16 16:00:51)
text: ゴンザ
(おいしい。)
久美子はコーヒーカップを感心の面持ちで眺めた。
ホントにあの人が淹れたのかしら?と失礼なことを考えながら、ヒゲもじゃのマスターを盗み見た久美子は、そのまま時計に目を移した。
恵が遅れるのは珍しかった。
恵は会社の後輩である。いや、後輩だった。
去年の秋、久美子のいる部署に転属してきた後、半年で退職していた。
「やりたいことが、あるんです。」
笑って去っていった後輩を応援してはいたが、久美子はやはり寂しかった。
だから電話がかかってきた時、自分でも不思議なくらいうれしかった。
「明日会いませんか? いい喫茶店ができたんですよ。」
確かにいい店だった。閑静な街の一角。木をふんだんに使った店内。何よりコーヒーがおいしい。
(あのコーヒー好きご推薦の店だものね。)久美子はくすりと笑った。
恵が転属してきて数日後。給湯室から変な音がするのを、不審に思って覗いてみると、真剣な顔でコーヒーミルを操る恵がいた。傍らには泡だて器やシナモンパウダーまで並んでいた。あきれる久美子に、恵は得意げに言ったものだ。「今日はカプチーノなんです。」
(あれから給湯室で話をしたり、コーヒーを淹れてもらったり、ご飯を食べに行くようになったんだっけ。)
辞めることを打ち明けられた時、「やりたいこと」を恵が笑って教えてくれなかったのが少しショックだった。そこまでは入っていけないのかな、と悲しい気分になった。
(今日は、聞き出してやらなくちゃ。)
マスターが声をかけてきた。「もう一杯、いかがです?」
久美子は顔を上げてあわてて答えた。
「あ、連れが来てからにします。」入り口をすかしみる。
背後から妙な声が聞こえた。振り向くと、マスターがくすくす笑っていた。
「僕ですよ、高崎さん。」
「?」
「どうです僕の店は?」
「……恵くん!?」
目を丸くする久美子に、恵はヒゲの下から笑いかけた。
「これが僕の『やりたいこと』です。さ、もう一杯淹れましょうね。」
【終わり】
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<自分で解説>
ゴンザが無謀にも「小説らしきもの」を書きはじめて2つめのお話です。ショートショートの基本、ちょっとしたどんでん返しを織り込んだコシャクなつくりですね。「ほんわか恋のはじまり話」で行こうとした覚えがあります。
800字だけでまとめるために、ガツガツ文字を削りました。そして「削った方が、文章はすっきりするんだなあ」と感じました。なんというか、植木の剪定みたいなものでしょうかね。
「恵」というのは、男性のファーストネームでもあるとは思うのですが、この「恵」は名字というつもりで書いています。恵俊彰の「恵」です。
小説の三人称では、男性は名字・女性は下の名前、というパターンが多いですよね。言ってみれば小説の中に現れるジェンダー問題なのですが、まあそれはさておいてこのショートショートの中ではそれを逆手にとっているわけです。「久美子」の立場から「恵」と書けば、それは当然「女性の下の名前」だろうと読み手に思わせておいて、実は「男性の名字」だよーという。「後輩」で「給湯室で仲良くなる」というのも、女性だと思わせるミスリード。
「いい喫茶店ができたんですよ」というセリフも、微妙な言い方です。「いい喫茶店を見つけたんですよ」でもなければ、「いい喫茶店があるんですよ」でもなく「できたんですよ」。「自分が作ったんだぞ」という誇りを交えつつ、それをぼかして伝えている恵くんのイタズラ心を感じ取っていただけると嬉しいです。
読み返してみると、元気な後輩「恵ちゃん」が、ものごしの柔らかい、礼儀正しい青年「恵くん」に変ってくるはず。(たぶん) そして「自分でも不思議なくらいうれしかった」という久美子の気持ちに、ふわりとした恋心を感じられるかも。
それなりに、書いてて楽しいお話でした。


生活が成り立つかどうかの現実的なことは別として、「仕事が好き」と「好きなことを仕事にする」って別だよな〜と、コーヒーを飲みながら思う朝でした。
そうですねえ、「仕事が好き」なのはとても幸せですが、「好きなことを仕事にする」っていうのは、もう逃げ場がない状態なんですよね。
生き方と仕事を重ねて、好きなこととお金を重ねる。重ねるとしんどいものを、えいやっと重ねる。
一度重ねてその上に乗ったら、どうしたってそこに踏みとどまらなくてはいけない。そこから外れたら、これは自分をもう一度作り直さなければならないってことになります。
こりゃハタから見ているより、ずっとしんどいことなんだろうと思います。
好きなことを副業にする。そんなライフスタイルがあるいは一番幸せなのかもしれません。
『イニシエーションラブ』のトラックバックを辿ってやってきました。
微に入り細に入った解説が面白くって、他のリンク先まで辿って読み込んじゃいました。
コラムもショートショートも書いていらっしゃるんですね。
ストーリーの小さなトリックに、さすがはあの解説を書いた方と感心。
ちょとファンになりました。(*^^*)
いつでも遊びにこられるように、私のサイトからリンクさせていただいても良いですか?
コラムもショートショートも書いてる、と言えば聞こえはいいのですが、あんまり確たるテーマのないブログなのですよ。なんか思いついたらやる、みたいな。
ちなみに、このショートショートは「イニシエーション・ラブ」を知る前のものです。読むのも書くのも、やっぱりトリッキーなものを好む習性があるんでしょうねえ。
それではー。
イニシエーションの解説を見ていて
たどり着きました。
恵って私も恵です。
私が恵さんと結婚したら
恵恵でした!!
>>「さ、もう一杯淹れましょうね。」
という 恵くんの最後のセリフが とても気に入りました
ちょっと ほっこりしますね
素敵なお話 作ってくれて ありがとうございます