【警告!】
この下の文は小説『イニシエーション・ラブ』のネタばらし解説です!
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!
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【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ
第1章 時制のトリック
A面の1年後がB面、というように見せておいて、実はA面とB面はほぼ同時進行。
最後の2行で、たっくんがA面とB面で別人であることに気がついたのに、この時制のトリックを見抜けなかった人もいるみたいです。「なーんだ、逆なのか。時系列はB面⇒A面なんだね。マユは夕樹を元彼の辰也と似た男に育てたかったから、ファッションチェックしたり、免許取らせたりしたのかー」という勘違い。これはなぜか女性読者に多いようです。
1−1)男女7人シリーズ
全編を通じて伏線およびミスリードとして出てくる、80年代後半の大ヒットドラマです。明石家さんま&大竹しのぶ元夫妻の結婚のきっかけがこのドラマであることは、あまりにも有名です。
『男女7人夏物語』が1986年の7月〜9月放映。『男女7人秋物語』が1987年の10〜12月の放映でした。作品内は、もちろん1987年の『秋物語』放映時。B面で『男女7人』の話題が出るとき、読者は「1年前」の『男女7人秋物語』のことだと思って読んでしまうわけですが、実はさらにその前年の『男女7人夏物語』のことなのです。
「あっ、凄い。これってアレでしょ?」
「そうそう」
「『男女7人』でみんなが飲んでいた、あのゴボッってなるやつ。こんなの売ってるんだ。」
(B面150ページ10行目)
『男女7人』という略称は当時も一般的だったので、その下が「夏」なのか「秋」なのかを読み手は勝手に補ってしまいます。しかし、ブーツ型ジョッキが話題になったのは『夏物語』のはず。B面がA面の1年後を描いているとすると、およそ2年前のドラマで流行ったものをプレゼントしているわけで、
「でもこれ、たぶんいろいろある中でも、私的には一番だと思う。たっくんの選択眼、サイコー。」
(B面150ページ15行目)
とはならないでしょう。これを実際の1987年の7月と読みかえても、『夏物語』放映から1年が経過しているので、あまりオシャレな選択とは言い難いのですが、続編『秋物語』が開始されるというニュースもあったでしょうし、またこの日はマユが晴れてお酒の飲める歳、20歳になった日ですから、「ブーツ型ジョッキ」という選択も、まあ「アリ」と言ってもよいでしょう。
『男女7人秋物語』は時制トリックのポイントでして、A面の時制が1987年であることが確定されるキーとなっています。
1−2)国鉄・JRの呼称
国鉄が民営化され、JRと呼称を変えたのは1987年の4月1日です。A面は『男女7人秋物語』放映という事実で明らかになるとおり、1987年の夏から冬。B面がその1年後であるなら、1988年のお話のはずですが、
駅の方向に並んで歩きながら、「石丸さんは地下鉄?」と聞くと、
「あ、国電です」と言ってからすぐに舌を出し、「──じゃなくてJR。田町駅です」と訂正した。国鉄が民営化されてから数ヶ月が経つが、JRという社名には僕もまだ馴染んでいなかったので、別に訂正しなくてもいいのにと思った。(B面178ページ14行目)
と言っています。逆に、その1年前のはずのA面で
詳しいと自信を持って言えるのは、大学周辺と自分のアパートの近所と、今までに受け持った数軒の家庭教師先までの道筋と、あとはJRの駅近辺についてならば多少は、といった程度でしかない。(A面49ページ14行目)
などとさらっとJRという呼称を使っています。B面で「変更されたばかり」の「JR」が、ずーっと以前のはずのA面で当たり前のように使われているわけで、あきらかに矛盾します。
A面のこの場面は1987年8月14日で、B面のほうは1987年7月13日。実際にはB面のほうが1ヶ月も前になるんですね。
1−3)BOOWY
B面で辰也が静岡に帰ってくるときのくだりに、
ドライブの間はFMを聞いて何も考えないようにしていた。ラジオではBOOWYのニューアルバムの収録曲が紹介されていて、僕はそのビートに酔いながら高速を飛ばしていた。(B面237ページ16行目)
というのがあります。B面がA面の1年後であれば、この日は1988年9月19日なのですが、BOOWYは1988年の4月4日・5日の「LAST GIGS」をもって、すでに解散しています。というわけで矛盾。このときの「ニューアルバム」というのは1987年9月5日に発売され、初登場1位をとった6thアルバムにして最後のアルバム『PSYCHOPATH』のことになります。
1−4)中表紙と目次
中表紙および目次にも伏線があります。
SIDE-AとSIDE-B。第1部、第2部ではなく、A面とB面となっており、章の名前はラブソングの曲名です。そしてA面とB面の表紙部分のデザインはドーナツ状の円。

つまり、本全体の構成がアナログレコードを模しているわけです。
これが意味するのは、A面とB面は「続き」ではなく「表と裏」だということ。若い世代には、すでにわかりにくい暗示なのかもしれませんが。
また、手元に本がある人は表紙を見てみましょう。右下にプラスチックの箱がありますが、これはオーディオカセットのケースです。

よーく見るとインデックス部分に曲名が書かれていて、それがこの本の章立てとなっている曲名なのです。目をこらせば「木綿のハンカチーフ」「夏をあきらめて」あたりは判読できます。
アナログレコードだけでなく、カセットテープという小道具も使って「A面とB面は表と裏だよ」と読者に囁きかけているわけです。つくづく手が込んでいますね。
トリック解説という本筋からは外れますが、ここでちょっと章立てに使われている曲について解説をしておきましょう。すべて80年代を中心としたヒットナンバーで、現在30代以上の人にとっては大変懐かしい曲ばかりです。A面はハッピーな曲、B面はアンハッピーな曲で占められています。
■A面
| 揺れるまなざし | 小椋佳 | 1976年 |
| 君は1000% | 1986オメガトライブ | 1986年 |
| YES−NO | オフコース | 1980年 |
| Lucky Chanceをもう一度 | CCB | 1985年 |
| 愛のメモリー | 松崎しげる | 1977年 |
| 君だけに | 少年隊 | 1987年 |
■B面
| 木綿のハンカチーフ | 太田裕美 | 1975年 |
| DANCE | 浜田省吾 | 1984年 |
| 夏をあきらめて | サザンオールスターズ (研ナオコによるカバー) | 1982年 |
| 心の色 | 中村雅俊 | 1981年 |
| ルビーの指輪 | 寺尾聰 | 1981年 |
| SHOW ME | 森川由加里 | 1987年 |
すべて物語の中の年である1987年以前に発表された曲のようです。
この本に杉山清貴という名前が出てきます。
唯一持っていたアロハを、Tシャツの上に重ねてみる。サングラスを掛けて杉山清貴を気取ってみようかとも思ったのだが、(A面27ページ1行目)
杉山清貴は「オメガトライブ」というバンドのボーカル。杉山清貴がソロに転身した後、「オメガトライブ」は、日系ブラジル人であるカルロス・トシキを新たにボーカルに迎えて「1986オメガトライブ」を結成しました。『君は1000%』は、その「1986オメガトライブ」のヒットナンバー。その後「1986オメガトライブ」は「カルロス・トシキ&オメガトライブ」と改名しています。
『DANCE』は浜田省吾の曲でいいと思うんですが、ちょっと自信ありません。他のメジャーさに比べて、この曲だけ妙にマイナーなんですよね。乾くるみ氏の思い出の曲なんでしょうか。
『夏をあきらめて』は本家のサザンオールスターズよりも、カバーした研ナオコ版のほうが有名ですね。カバーというよりは、研ナオコに提供した曲をサザンも歌っていると言ったほうが近いかもしれません。『世界に一つだけの花』におけるスマップと槇原敬之のような関係。
『SHOW ME』は1−1で扱った『男女7人秋物語』の主題歌です。キーとなっているドラマの最終回とほぼ同時に迎える物語のラストが、その主題歌の名前をつけた章で、意味は「私に見せて」。「さあ、最後に衝撃の事実を見せるよー」というわけですね。
歌つながりで蛇足を1つ。D-51
【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ

