この下の文は小説『イニシエーション・ラブ』のネタばらし解説です!
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!
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【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ
第4章 暗示と象徴
『イニシエーション・ラブ』には、伏線のように明らかに示されているわけではないものの、トリックの構成や人間関係などを匂わせる暗示めいたものが、いくつか見受けられます。
4−1)タロット
この作品は乾くるみ氏が構想している「タロットをモチーフにした作品群」のうちの一つなのだそうです。
『イニシエーション・ラブ』のモチーフはタロット6番目のカード「恋人(ラヴァーズ)」。表紙に描かれている「1人の男に2人の女」のカードがそれです。

本の構成とは男女が逆ではありますが、その内容を暗示しています。
占いがお好きな方ならご存知でしょうが、タロットには正位置と逆位置というのがあります。カードの天地が正常なものを正位置、さかさまになっているものを逆位置といって、それぞれ象徴するものが異なります。
「恋人(ラヴァーズ)」の正位置が象徴するものは、「固い絆・調和の大切さ・選択の重要性」。逆位置になると「誘惑・見通しの甘さ・迷い」。つまりはA面は正位置をモチーフとし、B面は逆位置をモチーフとしているのでしょう。
そして正位置と逆位置は「同じものを違う方向から見た」ということ。マユを「正位置」から見た夕樹のA面と、マユを「逆位置」から見た辰也のB面。作品全体の着想が、この「恋人(ラヴァーズ)」のタロットをスタート地点にしているわけです。
ちなみに、このタロット作品群ですが、『イニシエーション・ラブ』の他に10番目のカード「運命の輪」をモチーフにした『リピート』、16番目の「塔」をモチーフにした『塔の断章』があります。
表にしてみると、
| イニシエーション・ラブ | 1987年 | 6番 | 恋人 |
| リピート | 1991年 | 10番 | 運命の輪 |
| 塔の断章 | 1997年 | 16番 | 塔 |
と並び、1枚/1年という構成になっているという噂です。この3冊、「ああ、あの作品群なんだな」とわかるように、全て表紙カバーにタロットカードが描かれています。
後で知ったのですが、石丸美弥子の先輩として出てくる男・天童は、この「タロットをモチーフにした作品群」にすべて絡んでくる人物なのだそうです。そして、その天童のフルネームは、天童太郎。
なるほど。タロウ。
英語の「tarot」は、最後の「t」をほとんど発音しません。つまり「タロウ」。
また、「tend」には「番をする」という意味があります。
天童太郎「tend tarot」は、タロットの番人、ということなのかもしれません。
4−2)表紙が示すもの

この表紙は、タロット以外にもいくつかのことを暗示しています。まるで「ヴァニタス画」のように。
まず、1−4で挙げたカセットテープ。

A面とB面が「連続」に見えるけれど、実は「表と裏」であることを示します。
そして、コーヒーとタバコ。

ホットコーヒーとアイスコーヒーがぴったりくっついた状態で置かれています。喫茶店の窓際の一角、という感じのショットですが、よく考えると変な配置だと思いませんか? 普通、2人で飲み物を頼んだら、それぞれの前に置かれますから、もっと離れた場所になるはずです。
このコーヒーはおそらく、夕樹と辰也を象徴しています。ホットとアイス。似ているけれど、あきらかに違う飲み物。それが、まるでひとつであるかのように置かれているわけです。
さらに、その2つの間にある灰皿と、1本だけの吸いがら。2−5で触れた「夕樹のみが喫煙者」という事実が暗示されています。また、タバコがマユの妊娠にかかわる重要アイテムであることは、3−3で解説したとおりです。
4−3)交換図書
夕樹とマユは初デートでお互いのオススメ本を貸し借りすることを決めますが、この本も無意味なものではないようです。
二人がともに読んでいる作家を見つけようとして、お互いに名前を挙げていったら、ようやく連城三紀彦が見つかったという感じで(A面55ページ6行目)
「あの、推理作家に泡坂妻夫って人がいるんですよ。」(A面62ページ17行目)
連城三紀彦と泡坂妻夫。どちらも「本格推理」といわれるジャンルを得意とする作家ですね。そしてこの2人は男女の機微をスリリングに描いた「恋愛ミステリ」とも言うべき作品を書いているそうです。つまり2人の作家を登場させたことは「この本は恋愛ミステリだぞ」という宣言なのではないか、という気がします。
「で、私はじゃあ、デュ・モーリアの『レベッカ』を持ってくるね。」(A面63ページ17行目)
と、マユから夕樹に貸し出されることになったこの本は、推理ファンには有名な作品。ある富豪の後妻として大きな屋敷に嫁いだ女性が、ことあるごとに先妻「レベッカ」と自分を同一視あるいは比較する周囲に悩まされながら、先妻の影を追ってゆくミステリです。
一人の男に時をずらして存在する二人の女。まさに「恋人(ラヴァーズ)」の絵柄が示すものと同一の作品です。『イニシエーション・ラブ』の一人の女に二人の男、という構造を映し出す「鏡」ですね。また『レベッカ』で描かれている「女性の二面性」も『イニシエーション・ラブ』の大きなテーマです。
4回目のデート(9月11日)で出てくるのが、
僕は出たばかりの新刊が面白かったので、それを交換本として持っていった。代わりにアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』を借り受けてくる。(A面80ページ4行目)
これは、可憐な外見を持ちながらも、純真な青年グリューを裏切る女、マノンの悲劇の物語。純真な夕樹を実は裏切っているマユ自身を示すと言えるのではないでしょうか。
この時夕樹が持っていった「出たばかりの新刊」がなんという本なのかは、この時は分からないのですが、9月15日にマユの家を訪れたときの、
僕が金曜日に貸した『十角館の殺人』が栞を挟んだ状態で置かれている。(A面94ページ16行目)
という記述ではっきりします。綾辻行人作の『十角館の殺人』は1987年9月に発売されていますので、記述とも一致し、『男女7人秋物語』同様、この時の時制が1987年であることの根拠となります。
『十角館の殺人』は叙述型の本格ミステリ。その特徴は「最後の最後で現れる一文でのどんでん返し」であり、トリックのキーとなっているのは「時系列」と「愛称」です。この『イニシエーション・ラブ』と同様の形式を持っている作品ですね。最後の一文でひっくり返すぞ、という作者からの遠まわしな予告と見ました。
一つ蛇足を。この作品のキーになっている『男女7人秋物語』も「遠距離恋愛に耐え切れず裏切った恋人」がメインテーマのラブストーリーでしたね。それを踏まえて読んでみると、
マユから電話が掛かってきた。彼女からの電話が週末に掛かってくることは珍しく、なんだろうと思っていると、
「ねえねえ、昨日の『男女7人』、見た?」と言う。
僕は「うん」と答えた。彼女があれだけ好きだと言っているのだから、僕も見ようと思っていたのだ。
「なんか私、あれ見て興奮しちゃって。……たっくんって今日暇? 今何してる?」
(A面118ページ10行目)
という部分もなかなか意味深です。この時の「昨日の『男女7人』」というのは、『男女7人秋物語』の第1話。私の記憶に間違いがなければ、大竹しのぶ演じるヒロインが「遠距離恋愛中に別の恋人を作った」ということが発覚する回です。
マユはふたまたをかけている自分の状態を、ドラマに投影させて、「なんか私、あれ見て興奮しちゃっ」たのかもしれません。……この解釈はちょっと怖いですね。
4−4)北原の手品
物語の最初の方で、夕樹の恋の仮想ライバルとして登場する友人・北原。彼の得意とするのが手品ですが、この手品のシーン、妙に詳しく書かれているのが気になります。ここも深読みをしてみると、「文章の手品」とも言いうるこの作品のトリックを暗示しているように思えるのです。
マユとの出会った合コンで北原が披露する「コイン移動」の手品では、こんな記述があります。
たぶんそういう邪魔が入ったときでも、うまく見せられるように、手順の中に何らかの工夫が施されていたのだろう。<中略>手順をいつものやつと変えていたのかもしれない。(A面18ページ7行目)
「手順をいつものやつと変えて」いる。第一部⇒第二部と時系列で続いていく、いつもの手順ではありませんよ、順序が違うんですよ、とこっそり囁いている、と解釈するのは無理があるでしょうか?
そしてテニスの打ち上げで披露される手品は、鍵と紐をテーブルの上に置き、紐の両端を出した状態でその上にナプキンをかぶせてから、ナプキンの下をごそごそいじると、いつのまにか鍵に紐が通っているというもの。
成岡さんのものは真鍮っぽい色をしていたので、ひと目でそれとわかった。北原が前もってそういう色の偽物を用意していたとも思えない。そもそも最初は指輪でやろうとしていたくらいだから、仕掛けのあるものとすり替える等の手段は使われていないはずだった。(A面86ページ8行目)
これは深読みのし過ぎかもしれませんが、「マユの家の鍵」を「マユ自身」と見なすと、そこにつながる「紐」は「男」と見ることが出来ます。
この手品の種がどのようなものであるかはわかりませんが、「鍵」がすり替えられない以上、トリックは「紐」にあるのは自明の理。そして「紐を一度切って繋げたような痕跡はどこにもなかった(86ページ14行目)」のですから、「紐」そのものがどこかですり替えられているとしか考えられません。
「鍵」ではなく「紐」がすり替えられている。「マユ」は同一人物だが、「男」がすり替えられている。それを「繋げたような痕跡」なくやっている。そんな暗示ともとれますね。
北原の2つの手品は、「時制のトリック」と「すり替えのトリック」という、この作品に仕掛けられた2つのトリックを象徴しているわけです。
4−5)渾名の話
夕樹とマユの2度目のデートの場面で、こんな部分があります。
成岡さんは僕の知らない人であっても構わずに自分の話の中に登場させる。その登場人物の呼称も、今回の「イヨちゃん」もそうだったし、あとは今までに聞いたことのある「ジョイ」にしても「ゴラ」にしても渾名(愛称?)であり、本名すらわからない人がほとんどなのに、聞いているうちに、僕のほうでもだんだん各人の違いというか、個性がわかってくる(ような気がする)のが、彼女の話を聞いていて楽しいところだった。(A面69ページ17行目)
「本名すらわからない人の個性がわかってくる(ような気がする)」。
さあ、これは作者から読者への警告ともとれますね。「たっくん」や「スーさん」と呼ばれている「本名すらわからない人」の「個性」や「各人の違い」を、あなたはきちんと「話の中」から読み取れますか? 読み取っていると思っていても「ような気がする」だけではありませんか?
4−6)マユの名前
名前つながりで、マユの名前の暗示について触れておきましょう。マユの本名はナルオカマユコ。「マユコ」は、漢字では「繭子」と書きます。
「繭」。つまり「さなぎ」です。この名前は象徴的ですね。「イニシエーション=羽化を経て変化する存在」ということ、また「いまだ本当の姿を見せていない存在」とも言えるわけです。
マユの名前が漢字で現れるのは物語中で2回だけ。夕樹との初めてのデートの時と、辰也に指輪が返却される時、この2回です。これはなかなか面白いタイミングです。マユが二股をかけていた期間の初めと終わりが、「繭」ではさまれていることになります。
この期間は、マユが繭から羽化してゆく時。イニシエーションの期間。
自分の名前の「繭」という字が好きではないと自ら語るマユ。返した指輪に付された「繭子」の文字は、「繭」ではなくなったマユを象徴するのかもしれません。
ところで、乾くるみ氏は冗談交じりに「この小説の裏タイトルは『チープ・ラブ 〜マユの物語〜』だ」とコメントしたことがあるそうです。
なるほど……。もちろんこれは『ディープ・ラブ 〜アユの物語〜』のもじりですが、このコメントによっていくつか分かることがあります。
まず、やはりこの本の主人公はマユだということ。再読することで本当の主人公、マユの物語を読み解いて欲しい、というのが作者乾氏の意図なのですね。
そして物語がチープであるのは百も承知だということ。賛否両論の激しいこの本の、一番の批判要因は「あまりに恋愛小説としてチープ過ぎる」という点のようですが、それも作者としては計算のうち。平凡でつまらない恋愛物語だ、という批判は甘んじて受けますよ、ということなのでしょう。
4−7)辰也の名前
最後の最後に表れるB面のたっくんの本名「辰也」。実は私、この「辰也」という名前にもちょっと違和感があったんです。乾氏はなぜ「辰也」にしたんだろう?と。
夕樹が「たっくん」と呼ばれるようになったのは、マユの作戦による意図的なものですが、辰也が「たっくん」と呼ばれているのは、ごく自然に「たつや」の最初の「た」の字をとったもの。ということは、乾氏にしてみれば、最初に「た」の字さえついていれば、「辰也」に限らずどんな名前でもよかったわけです。
さて「たっくん」⇒「辰也」という方向でなく、逆に「辰也」という名前の男の子には、どんな愛称がつくだろうと考えてみると、むしろ「たっくん」ではなく「たっちゃん」の方が適している気がします。この年代の「タツヤ」と言えば、漫画『タッチ』に出てくる上杉達也=「たっちゃん」ですし、「たつや」の「つ」や「や」の音が「ちゃん」を呼び込みそうです。
では「たっくん」に最も適する元の名前は何なのか。それは「拓也(たくや)」のような「たく」のつく名前ではないでしょうか。「た」さえつけば何でもよかったはずなのに、なぜ乾氏はより「たっくん」らしい「拓也」ではなく、あえて「辰也」を選んだのでしょう?
このささやかな疑問に対する一つの答えを見つけました。それは、この小説を支配する時制パズルにあります。
辰也が就職するまで、一度も浪人や留年を経ていないとすると(成績優秀だったらしいので可能性は高いですね)、1987年の社会人一年生で、23歳を迎えることになります。ということは早生まれなどの可能性を排除してしまえば、彼の生まれ年は1964年となります。乾氏のいっこ下ですね。
1964年の干支は、そう、辰年なんです。辰年に生まれた辰也。「たつ・なり」。
最後の最後に出てくる名前ですから、伏線にはなりえません。これは乾氏の遊び心が表れた名前と言えそうです。
ひょっとしたら、この小説のパズルが組まれる上で、最大の伏線である「タック」のアイデアが一番始めに存在したのかもしれません。そこから愛称が「たっくん」となりえる「夕樹」と「拓也」という名前が生まれ、最後に時制パズルの遊び心で「拓也」が「辰也」に変えられた。
そんな空想をめぐらしてみるのも、なかなか面白いとは思いませんか?
【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ


本日『イニシエーション・ラブ』を読み終え、ここにたどり着きました。タイムテーブル含め、分析が精緻で感服いたしました。
さて、北原の手品については、作者はミスリードの企みがあったものと思われますのでコメントします。(私はミスリードされました。)
ルビーの指輪がなくなったのは(元カレに返したのではなく)、泥棒に盗まれたためだと思いました。
「泥棒でも入ったんじゃないの?」(A面127ページ10行目)
そして、読者である私は、その犯人は北原だと思いました。北原が、マユの部屋の合鍵でこっそり空き巣に入ったものだと・・・。
だって、北原がマジックのさなかに、マユの鍵を粘土か何かで型取りしたとも取れる、以下の表記がありましたから・・・。
「・・・・・・じゃあ家の鍵とかは?」 <中略> 道具を出し入れしたのだろうと僕は思った。(A面85〜86ページ)
うーん、作者のほくそ笑む顔が目に浮かぶようです。
ミスリードって言うか、そこまで勘繰るか普通ーっ!って俺に言われたくないかー!
たしかに「道具を出し入れしたのだろうと僕は思った」のところは、なんか違和感のある部分ではあるんですが……。
そういえば「北原が第3のたっくん説」というのも見かけました。マユは北原ともつきあってて、実は3股。「マユと北原は手品にかこつけて、堂々と部屋の鍵の受け渡しをしてたんだ」とか「あのとき北原はマユに部屋の鍵を返して別れんだ」とか。
すげえ。みんな疑心暗鬼。どんだけマユ不信なんでしょう。
感動しました。
折原とか好きなんでトリック自体はビックリしないのですが、複線を解説されると作者のスゴさがわかりますね。
さて
4−4)北原の手品
ですが、【紐に仕掛けはありません】
先日の笑っていいともの増刊でミスターマリックが実演してました(1回失敗してましたけど)
すり替えでなく「時制のトリック」はあります。
文章でうまく説明できるかわかりませんが、
紐を通すタイミングはハンカチを引っ張ると同時に、指にひっかけて通します。
紐を一直線にテーブルにおきます。
そのままワッカを紐にかさねます。
ワッカの上から下の紐をつかみます。
ワッカを軽く押さえて横にスライドさせます。
紐がワッカを通ります。
ハンカチで隠すことで、本当は通ってない紐を
通したように思わせる。
ハンカチを引っ張ると同時に、紐を通す。
という感じです。
その結果ひとつ気付いたのは、彼女から見て「ミヤコ」という名前は
たっくんが「都会に染まって変わっていく」ことの象徴に聞こえたのかな、ということです。
http://dragox.exblog.jp/7594925/
ということで、僕は「マユは二股とは限らない」ってことを暗示しているように感じたりするんですが・・・
ただ何の裏づけも無いので単なる感想ですね。すみません。
今日この小説を読み終わって、このサイトにたどり着きました。
私もけろろんさんと同じで、「マユは二股とは限らない」と思っています。
というのも、最初に夕樹と関係した時に、「初めての相手」「二度目の相手」だけでなく、「三度目の相手もたっくん」と言っているので、おそらく、「たっくん」と呼ばれていた男が少なくとももう一人いたんじゃないかなぁと思います。