「ゴザンス」というサイトがあった。いや、今もあるのだが、2004年12月にはりとろぐというブログのサイトに完全に生まれ変わり「ゴザンス」自体は無くなるらしい。
この「ゴザンス」は、文章を書くのが好きな人たちが集まり、ブログ的なシステムを使って、ネット上の同人誌を作っていく、というようなノリのサイトだった。
メインとなっていた企画は、「ライター」と呼ばれる参加者たちによる競作。ライターたちは編集部が出すお題に沿って文章を書き、それを編集部はサイトとメールマガジンで紹介する、というような形式であった。
で、私ゴンザも文章修行がてら、短期間ながらここに参加していた。
さて、「りとろぐ」への移行作業をしない限り、ゴザンスに書いた文章はこの12月でなくなってしまうらしい。もったいないので、いくつかの文章をこちらのブログに移行させつつ、自分で解説を加える、というちょっぴり恥ずかしい真似をしてみることにする。
ゴザンスのお題ジャンルの一つに「800字小説」というのがあった。
編集部が毎回出す3つのお題、例えば「ハロウィンの夜に/樫の木の下で/小さな男の子が」というような「いつ・どこ・だれ」を使って、800字以内のショートショートを作るもので、要は小説版「三題噺」である。
今回は何篇か投稿して、やっとコツをつかんできた頃に書いた作品「時間のしわ」を取り上げることにする。
この作品は、同じゴザンスライターだった小日向とわさんのブログ「いっぺん」で紹介していただけたので、「お。少しは面白いらしい」と調子に乗ってのことである。
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【800字】時間のしわ (2003-09-01 14:47:50)
text: ゴンザ
<お題:停電の夜/横断歩道で/スーツの男が>
午前2時の丸の内のビル街。僕は休日出勤を終え、とぼとぼと歩いていた。
お盆休みの真っ只中じゃあ、さすがに人っ子ひとりいない。いつものこの街に慣れた身には、この静けさは新鮮だ。
横断歩道に差し掛かった時、街灯がふっと消えた。信号まで消えている。どうやら停電らしい。
(さっきも静かと思ったけど、さらに静かになるもんなんだな。)
僕は交差点に立ったまま、ぼんやりと街を眺めていた。
ふと気づくと少し先の横断歩道に、スーツの男がいた。姿勢を低くして道路を見ている。測量をしているような動きだ。
「……あの……なにをしてるんですか?」僕は声をかけた。
男は振り返らずに答えた。
「時間のしわをとってるんです。」
は?なんだって?
男は両手を下げて何かををつかむ動作をしたと思うと、ぶわっと上げて素早く下げた。
シーツを広げるときのような動きだ。
呆気に取られる光景が生まれた。
オーロラのような光が男の手元から現れたのだ。光は本当のシーツのように波打ちながら道路に広がり、淡く消えた。
「ここ、いつもはとても時の流れが速いでしょう。」
男は振り返って笑った。
「そういう場所にいきなり人がいなくなって、時の流れが遅くなると、時間のしわができやすいんです。お盆用に準備はしといたんですけど。」
男は消えている信号を見た。
「停電でさらに時の流れが遅くなったみたいなんで、心配で来てみたら、やっぱりしわができてました。」
ぽかんとする僕に、男は声を潜めた。
「時間のしわって、危ないんですよ?けつまづく人もいるし、交通事故もおきるし、しわの間にくるまれて行方不明になる人もいる。」
「は……あ……」
「あなたも気をつけてくださいね。」
男はすたすたと路地へ入っていった。我に返った僕は男の後を追った。路地に入ったところでつまづいて転んだ。足元であのオーロラが光った気がした。
(ほら、気をつけて。)
路地には誰もいなかった。四つんばいの僕の背後で、街灯が瞬いた。
おわり
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<自分で解説>
「ショートショートの基本は、やっぱ不思議系SFっすよね、星新一先生!」という勢いで書き始めた記憶がある。普段は喧騒に満ちたオフィス街のがらんとした静寂、というイメージはたぶん「ドラえもん」の「鏡の中の世界」から。生き物のいない、時が止まったような鏡の世界に入り込んだのび太くんが、道路の真ん中にねっころがったりして遊んでいたシーンの印象だと思う。
時間にしわがつく、という発想は、ワープ航法の解説でよく使われていた「紙の上の2つの点の間を最短で移動するには、紙をぐにゃりと折り曲げて点どうしをくっつけることだ」という理屈。空間がぐにゃり。時間がぐにゃり。
時間は一定の速さで流れる、というのが科学の「普通」。でも好きなことをしているとやっぱり時間は速く流れる。生活によって時間の流れ方は速かったり、ゆっくりだったりする。人間にとっての時間というのは、一定の速さで流れるものではないような気がする。
それは速ければいいものでも、遅ければいいものでもないだろう。その人のペースがあり、その存在の時間の流れがある。「ゾウの時間 ネズミの時間」みたいに。
そして、その流れが急変するのは危ない。小さなところでは、「時差ボケ」や「連休明けにどうも調子が出ない」、大きなところでは「会社を定年退職して気が抜けてしまう」といったように、いきなり時間の流れが変ってしまうと、色んなところに無理が出てくる。
その「無理」が「時間のしわ」。
丸の内のビル街で、お盆休み中に深夜残業している「僕」は、そんな「無理」といつも付き合っていて、「時間のしわ」にいつもけつまづいているのではないだろうか。
……って書いてると、とっても深い考えに基づいて作り上げたみたいに見えるけれども、実際はなんとなーく書いただけ。後から読むとそんな気がする〜というお話でした。
2004年10月27日
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・・・なんてことは どーでもいいですね。
「時間のしわ」面白かったデス。
私が思うよりかなり軽い感じで書いてるんでしょうけど、深い。。。デス。
読み終わってから しばらく自分の時間について
考え込んでしまいました。
ゴンザさんの「脳みそのしわ」興味津々(笑)
間違いなく人並み以上でしょう!
ほとんどアップと同時じゃないですか。
ええ、かるーい感じで書いてます。理由は後づけ!
こういうハッタリをかますのも、社会人としての立派なたしなみなのです。
<いっぺん>紹介してくださって、ありがとうございます。
お母様その後、いかがでしょうか。
くれぐれもお大事に。
母は現在、福岡に住む姉のところに行っており、孫とがっつり遊んでる頃でしょう。帰ってきたら精密検査です。子供に心配かけて何をしてるんだか、あの人は……。