2005年02月24日

謎解き『イニシエーション・ラブ』 第6章 おまけ


【警告!】
この下の文は小説『イニシエーション・ラブ』のネタばらし解説です!
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!

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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ


第6章 おまけ
ちょっと引っかかった部分を最後にいくつか。

6−1)蓬莱美由紀の謎
物語の終盤になって現れる石丸美弥子の姉で、女優の蓬莱美由紀。どう考えても物語に関係があるとは思えない存在なのですが、いきなりとってつけたように出現します。しかも

「あ、じゃあ蓬莱美由紀とも会えるってこと?」(B面255ページ11行目)

美弥子の姉が蓬莱美由紀だということを知ったのはつい最近である。蓬莱美由紀もけっこうな美人だが、美弥子とはタイプが違っていたし、年も離れていたので、(僕が十歳とかそのくらいのときに、ドラマで高校生役をやっていたのを憶えている)、最初にそのことを知らされたときには、まさかと思った。
ただし美弥子は、七歳年上の姉とはあまりうまくいっていないという。(B面255ページ16行目)

会話を交わしているのは僕と美弥子と彼女の両親の四人だけで、蓬莱美由紀(というのは芸名で、本名は石丸美由紀──結婚後は鷲尾美由紀)と、その夫の鷲尾さんは、ほとんど会話には加わらず、ただ目の前に出された料理を片付けているという感じだった。(B面260ページ7行目)

とけっこうな字数を割いて、しつこく解説がされています。いったいこれにはどんな意味があるのでしょうか? 乾くるみ氏の過去の作品に出てきた、あるいはこれから出すつもりのキャラクターなのでしょうか?

ところで、『イニシエーション・ラブ』という題名は作品中で石丸さんが言うように、「通過儀礼としての恋愛」ということですが、それぞれのキャラクターは「イニシエーションの連鎖」でつながっています。イニシエーションを受けた人が、イニシエーションをもたらす存在へ。「天童⇒石丸美弥子⇒辰也⇒マユ⇒夕樹」という順序で、通過儀礼をもたらしています。

ちょっと思ったのですが、蓬莱美由紀が連鎖の中に入るとしたら、面白いですね。つまり「天童にイニシエーションをもたらしたのが蓬莱美由紀」という展開。
天童は演劇人であり、蓬莱美由紀は女優ですから、接点はあります。また美弥子の7つ年上ですから、天童よりもいくつか年上ですね。蓬莱美由紀に翻弄された天童。それによって「ただし美弥子は、七歳年上の姉とはあまりうまくいっていない」という状況が生まれたのかも?

さらに蓬莱美由紀の旦那の鷲尾さんが加わって、連鎖は「「鷲尾⇒蓬莱美由紀⇒天童⇒石丸美弥子⇒辰也⇒マユ⇒夕樹」。これで夕樹と鷲尾さんが親戚だとかいう因縁が重なれば、因果はめぐる糸車って感じですね。

[追記]
後で知ったことなのですが、4−1でも触れたように、天童は『塔の断章』にも『リピート』にも出てくる、タロットシリーズを貫く登場人物だそうです。

ふむ。そうなるとちらっとだけ出てくるこの「蓬莱美由紀」、他のタロットシリーズに登場させるための布石という可能性が出てきました。

タロットの番人・天童と蓬莱美由紀に個人的な接点がある場合、蓬莱美由紀がタロットシリーズの他の話に登場する可能性は非常に高くなります。シリーズの狂言回し・天童と共演、という形ですね。

そして上述したように、天童は「北斗七星」メンバーで演劇人、蓬莱美由紀は女優。蓬莱美由紀が、「北斗七星」の元看板女優であり、そこを足がかりに子役女優から本格派のプロの女優にステップアップしたと考えると、2人の間には強い接点があることになります。

美弥子によると、北斗には慶應の現役生でなければ入れないという規律があるのだそうで(ちなみに一度入団してしまえば、その後に卒業しようが中退しようが本人が辞めたいと言い出すまでは団員でいられるらしい)(257ページ3行目)

妹の美弥子が慶應大学の出身で、非常に裕福な家の娘であることを考えると、姉の美由紀もおなじく慶應大学に通っていた可能性は高いですね。

蓬莱(石丸)美由紀が「北斗七世」出身の女優なのではないか、という仮説には、実はもうひとつ根拠があります。

「美弥子さんが抜けたのは、ウチの劇団にとってはホント、大ダメージだったんです。戻ってきてくださいよ。」と松島さんが言う。「北斗七星」というその劇団内では、石丸さんは下の名前で呼ばれていたらしい。(181ページ9行目)

「劇団内では、石丸さんは下の名前で呼ばれていた」。後輩から下の名前で呼ばれるというのは、あまり一般的ではありません。では、どんな時にこういう呼び方がされるでしょうか?

そう。同じ名字の人が同じ組織にいた場合ですね。

「北斗七星」で「石丸さん」と言えば石丸(蓬莱)美由紀のことだったのが、妹が加入したことによって、「石丸さん」が2人になった。そうなると下の名前で呼ぶしかありません。「北斗七星」は卒業生でも所属していられる劇団ですから、7歳違いの姉妹と天童が同時に籍を置いていた時期があってもおかしくはありません。

そして、この時期の「北斗七星」内部を巡る話が、これからのタロットシリーズで語られるのではないでしょうか。ひょっとすると、蓬莱美由紀の旦那・鷲尾氏や、天童の親友・ハヤト氏も巻き込む形で。

もちろんそれは、過去の話になります。タロットシリーズが1枚/1年だとすると、第1のカード「マジシャン」は1982年にあたり、ゼロとされる「フール」のカードが1981年。少なくともこれ以後の話になりますね。こんなお話はどうでしょう?

1982年。天童は現役の大学生。美由紀は卒業後も「北斗七星」の看板女優として活躍している。当時付き合っていた天童と美由紀を襲う、劇団内の奇怪な事件! 「オペラ座の怪人」のように暗躍する「マジシャン」の正体とは!?

……「金田一少年の事件簿」かよオイ。

まあ、そんな感じで(どんな感じだ)、事件を通して天童と美由紀はすれ違い、別れを迎えます。天童にとってのイニシエーション。

通過儀礼を経た天童の前に、18歳の少女が現れる。
「石丸美弥子、美由紀の妹です。うまくいけば、来年にはあなたの後輩になるかもしれません。」
天童の眼が皮肉に光った……。

ほうら。きれいにつながった! やったね!

……えーと。この話は忘れてください。

6−2)FM-7とN5200
それから、これは疑問。

作品中に富士通の「FM-7」とNECの「N5200」というたいへん懐かしいコンピュータが登場します。

「あ、僕はもう、今年の春には内定を貰ってます」
「どこに行くんですか?」
「あの……富士通です。コンピュータの会社の。FM-7とかオアシスとかの」(A面53ページ10行目)

「じゃあ、僕の脇机の5200を使っていいから」
<中略>
僕たちはコンピューターの端末(N5200)の前に陣取って、まずは文章の入力のためにランワードを立ち上げた。(B面173ページ7行目)

で、この2つの機種が「時制のトリック」の伏線になっている、というような噂を聞いたのですが、その根拠がわかりません。

FM-7もN5200も発売は1982年だそうですが、「時制のトリックの伏線」として成立するためには、男女7人のドラマ放映のように「ある時期を限定するタイプのもの」か、JR/国鉄やBOOWYのように「ある時期を境に変化したもの」でなくてはならないはず。コンピュータは一度発売されたら、生産が中止されたとしても、「世の中から全てなくなる」というものではないので、伏線としては成立しないと思うのですが……。

この2つが「時制のトリックの伏線」だ、という話は、どこから来たのでしょうか? それはどういう根拠なのでしょう? 誰かご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

6−3)表紙裏
表紙裏、というのでしょうか、カバーの折り返し部分に書かれている「あらすじ」は以下のようなものです。

大学四年の僕(たっくん)が彼女(マユ)に出会ったのは代打出場の合コンの席。
やがてふたりはつき合うようになり、夏休み、クリスマス、学生時代最後の年をともに過ごした。
マユのために東京の大企業を蹴って地元静岡の会社に就職したたっくん。ところがいきなり東京勤務を命じられてしまう。
週末だけの長距離恋愛になってしまい、いつしかふたりに隙間が生じていって……。

……こんなにあらすじの書きにくい本もなかったでしょうね。編集者が書いたのか、乾氏本人が筆をふるったのかわかりませんが。

普通に読むと、一連の物語のあらすじ。ただ、読み終わった私たちからすると、1文目と2文目はA面を、3文目以降はB面を表していることがわかります。3文目に「そして」というような接続詞を入れずに、もう一回あらためて「たっくん」を出しているあたりに、あらすじ作成の苦労が感じ取れます。

また、1文目と2文目は夕樹と辰也どっちにも共通することを書いていて、3文目以降は辰也のことだけを書いている、とする説もあるそうです。つまり、全文通して辰也については当てはまる、ということです。

たしかに夕樹も辰也もマユに出会ったのは「大学4年」の時。辰也が「代打出場」かどうかはわかりませんが、どちらの出会いも合コンであるのも事実です。そして「学生時代最後の年」をともに過ごしています。辰也&マユで見ればどちらも学生時代最後の年ですし、夕樹&マユの場合は、夕樹の学生時代最後の年ですから。ふむふむ、面白い。

うーん。でもどうでしょうねえ……。そこまで考えたのなら「代打出場の」のところが引っかかっちゃうんですよね。これは夕樹限定っぽい要素です。もしそういうトリックにしたいのなら、わざわざ「代打出場の」なんて書かずに、「ある日の合コンの席」とかにぼかして、共通項だけでまとめてしまえば良さそうです。辰也はモテるようなので、「代打出場要員」にはふさわしくないですしね。

代打にわざわざモテるヤツ呼びますか、男性諸君?

6−4)なぜサゲが終わりから2行目なのか?
この作品で読者が驚愕を覚えるのは、最後から2行目の

「……何考えてるの、辰也?」(B面263ページ8行目)

の一文です。これが落語で言うところの「サゲ」。「いえいえ、皮が破れて、なりませんでした」とか、「いや、やめとこう。また夢になっちまうといけねえ」みたいなものです。

ところで、乾氏はなぜこの「サゲ」を最後の一文ではなく、最後から二番目に持ってきたのでしょうか? 必殺技「驚愕どんでん返し!」は、最後の最後に使ったほうが効果的な気がしますよね。

これは、最後の一文を「……何考えてるの、辰也?」として終わらせると、読者の中にはこの「サゲ」の意味を勘違いする人がいるからだと思われます。

この一文だけだと「石丸美弥子が夕樹の名前を間違えて呼んだ」という解釈もできてしまいます。すると「なーんだ、この男、二股かけてマユを『美弥子』って呼んだにあげくに逆ギレしてフったくせに、自分も美弥子に二股かけられて名前間違われてやんの、ザマミロ」という、違う結論にたどり着いてしまう人が出てくるんですね。ですから、

「なんでもない」と僕は答え、追想を振り払って、美弥子の背中をぎゅっと抱き締めた。(B面263ページ9行目)

という一文で、B面たっくんに「辰也」という名前をきちんと受け入れさせているのです。これで「辰也」という名前は間違いではないんだよ、と読者に訴えかけることができるわけです。

もちろん、最後のバラシ方を根本的に変えてしまえば、最後の一文にサゲを持ってくることも可能ではあります。その場合は、B面たっくん自身に「鈴木辰也です」と名乗らせる手法になると思われます。名前が違っていて、しかもそれが間違いでないということを一文で表現するには、そうせざるを得ないでしょう。

ただ……「鈴木辰也です」で終わるのは、恋愛物語の結びとしては、ちょっと変すぎ。ダサすぎ。サゲをラスト2行に持ってきたのは、乾氏の「自然なだまし」に対するこだわりと言えるのではないでしょうか。

6−5)謎の人物X
蓬莱美由紀をはるかに上回る『イニシエーション・ラブ』最大の謎の人物をここでご紹介いたしましょう。

最近ではマユのほうでもそれを承知していて、どうでもいい話──たとえばコオロギ爺さんの入れ歯の話とかは、電話ではなく、週末に直で会ったときに話すようになっていた。(B面208ページ6行目)

コオロギ爺さん!

誰だお前は。そしてすげえ気になる入れ歯の話。いったいどんな話なんだ。

手がかりは多くありません。「コオロギ」「爺さん」「入れ歯」、この3つのキーワード。「入れ歯の話」であり、マユの職業が歯科衛生士ということを考えると、まず間違いなくマユの働く秋山歯科クリニックの患者の一人でしょう。

さあみなさん、「コオロギ」「爺さん」「入れ歯」で三題噺にチャレンジです。

「たっくん、あのねあのね。」マユが僕の袖を引いて話しかけてきた。こういう時のマユはたいてい何か話したいことを抱えている。
「面白い話があるの。」やっぱり。しかしマユはこういう切り出し方をすることで、自分かから面白さのハードルを上げていることに気づいていない。いつもこうして期待を持たせておいて、オチのないどうでもいい話を聞かされるのだ。

「なんだよ……」めんどくさそうな僕の反応を気にすることなく、というよりは、絶対面白いから興味を持つはずだ、といわんばかりに、マユは嬉しげに話し出した。
「あのね、うちのクリニックに最近『コオロギ爺さん』っていう人が来てるの。」
「……誰だって?」
「コオロギ爺さん。」

くやしいが興味を引かれてしまった。「それは新種の妖怪か?」
「ちがうよー。70過ぎの普通のおじいさん。ゴラがつけたあだ名なの。」
「なんでコオロギ?」
「それはね、ほら、治療中にうがいするでしょ、その時の音がね、コーロコロコロコロってすごく高いコオロギみたいな音だから。聞いてておかしくておかしくて。」
僕はその光景を想像してみた。不覚にもちょっと笑ってしまった。「ははっ、なるほどな。」

「でね、そのコオロギ爺さんは今入れ歯を作ってるんだけどね。」マユは僕が笑ったので嬉しそうだ。僕も少し気を入れて聞いてやることにする。「ふんふん。」
「何度作っても、気に入ってくれないの。」
「へえ。そりゃまたなんで。」
「それがね。」マユはニコニコしながら言った。
「いつもはめてから鏡を見て『おらぁ、もっといい男のはずだよ。作り直してくりょ』って言うの! あはっ、面白いでしょ!」

……またやられた。マユの「面白い話」はいつもこうだ。最後のオチでどんでん返しの肩透かしを食らうのだ。
ごろりと寝転びながら僕は言った。

「8点。100点満点でな。」

6−6)最後に
この『謎解き イニシエーション・ラブ』では、分析してその解説をすることに徹していたので、最後にちょっと自分なりの考えを。

この小説の本質は、文学というより「クロスワード」とか「パズル」とか「まちがいさがし」に近いのではないでしょうか。「新聞に載っているパズルに挑戦する」というタイプには向くでしょうが、「そんなことは考えもしない」という人には向きません。

ものごとを感覚的にとらえる人にはまったく面白くありませんが、しつこく論理的に分析する人間には面白いです。

物語に、「精巧な緻密さ」をもとめる人は感心できますが、「ドラマ性」や「共感できる人物像」をもとめる人には見るべきところが少ないです。

そして、この本が美しい表現や情緒的な描写による感動を与えてくれるのを待っていると失望しますが、淡々とした文章の裏にあるものについてあれこれ自分なりに想像をめぐらしてみることができるなら、楽しめることでしょう。

というわけで、『イニシエーション・ラブ』は万人向きでない、読む人を選ぶ小説である、というのが最後まで分析好きな私の結論なのでした。

なお、こんな分析をやったせいで、私のことを相当なミステリマニアだと思われる方もいらっしゃるかとは思いますが、それはまったく違います。アガサ・クリスティもエラリィ・クイーンもほとんど読んだことがないですし、東野圭吾や宮部みゆきも何冊かという程度。この『イニシエーション・ラブ』も途中で見破ったわけではなく、きっちりどんでん返されたクチです。だからこそ、逆にこんな分析をやってみる気になったわけです。マニアでないから面白かった、ってことですね。

ミステリマニアの方々にとっては、「使い古された手だ」「B面読み始めてすぐ分かった」「分からないほうがおかしい」「で、だから何?」という作品かもしれません。ですが、一読で見破ったことを自慢しても、それは面白かったと思っている方の感情を害するだけで、誰も愉快な思いはしません。そんなことは言わぬが花。私のようにころっとだまされるミステリ初心者を、暖かい目で見てあげてください。

以上、小論文を終了します。長文をお読みいただき、ありがとうございました。

おまけのおまけ) 叙述型ショートショートを自分でも書いてみました。800字と短いので、おひまなら読んでいってください。⇒800字ショートショート『人待ちの情景』

【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
posted by ゴンザ at 20:44| 静岡 ????| Comment(23) | TrackBack(1) | 小論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

謎解き『イニシエーション・ラブ』 第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』


【警告!】
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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ


第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
この作品の主な舞台は静岡市です。そしてこの小説には、これでもかっというほど静岡市に実在するローカルなロケが出てきます。静岡市近辺の人なら、読んでいてニヤッとするような場所がてんこもり。ここまで静岡ローカルな小説は、私の知る限り、他にありません。
そこでこの章では、[静岡市関係者]∩[『イニシエーション・ラブ』読了者]というものすごく限られた論理積集合に含まれる方を対象に、『イニシエーション・ラブ』中に存在する静岡のローカル情報をお届けしましょう。

5−1)静岡な名前
この本の冒頭を見てみましょう。

望月がその晩、四人目として誰を呼ぶ予定だったのか知らないが(A面6ページ1行目)
はい! 最初の2文字でもうコテコテの静岡です!
この望月という名字、他県ではあまり見かけませんが、静岡には富士市あたりを中心に山ほどいるメジャーな名前です。私が今の静岡の会社に来たとき、同じ事業部に5人も望月さんがいて、電話の取次ぎに大変苦労したものでした。

さらに、夕樹が参加した合コンのメンツは鈴木・成岡・望月・青島・大石・渡辺など。静岡に特徴的に多い名字のオンパレードです。「鈴木とか渡辺なんて、全国的に多いじゃん。」などというあなたはまだ甘い。鈴木は浜松を中心にした県西部、渡辺は沼津を中心にした県東部に半端なく多い名字で、「浜松の鈴木さん」などは1クラスに5人以上、1学年集めれば「鈴木クラス」ができるほどです。

その他、名前だけ出てくる「夕樹が高校の頃好きだった女の子」=菊地さんや、マユの勤め先「秋山歯科クリニック」の秋山さんも、静岡には多い姓ですね。

5−2)静岡の地名
読んだ人がイメージできるのかどうかを置き去りにする形で、ローカル地名がばりばり出てきます。

小鹿(おしか)・曲金(まがりかね)・一番町・カネボウ通り・清水・焼津・中町・丸子(まりこ)・住吉町・本通り・安西通り・流通通り・柚木(ゆのき)・青葉通り・久能街道・緑ヶ丘・国吉田・呉服町通り・安倍川・瀬名・大井川・古庄(ふるしょう)・三保・北街道・鳥坂などなど。

日が落ちる前には無事に安倍川のこちらに戻ってきた。(A面42ページ4行目)

とか書かれても、なにが「無事に」なのか、静岡人以外に分かるのでしょうか? いや分からないことでしょう。(疑問・反語)
どこもそうでしょうが、川を越える橋は渋滞のメッカですよね。安倍川というのは静岡市の西を流れる川で、やはりここも渋滞のボトルネック。静岡市の人間が西に行って帰ってくるとき、安倍川を越えたところが「やれやれ、なんとか渋滞を抜けて家の近くまで帰ってこれた」と感じる場所なんです。

5−3)静岡のローカルスポット
デートの場所を中心に、実在する(実在した)スーパーローカルスポットが目白押しです。
静波海岸
・「ココス
戸田書店
・プラザよしだ弁当(夕樹の住んでいた曲金近くの弁当屋。今は無いようです)
・青葉公園
新静岡センター屋上のビアホール
マクドナルド呉服町店
ジョルダン(今は違うお店です)
谷島屋書店
・シティホテル(静岡タウンホテル魚与
・「トシ・ゴトー」(紳士服のゴトー系列でしょうか?)
・柚木の自動車学校(静岡県自動車学校の静岡校のことですね)
・青葉通り沿いの「DADA
・アピア
・国吉田のシャンソン化粧品コート
・「シシリア
・大浜海岸
静岡ターミナルホテル(ホテルアソシア)
丸井静岡店
・三保海岸
・緑ヶ丘の「あさくま」
静岡伊勢丹
吉見書店(今は伊勢丹の隣にはないそうです)

こうしてみるとすごいですね。静岡デートスポット案内かこの本は?
どうせならもっとローカルに「コンコルド」(独特のCMで静岡県民に激しく有名なパチンコ屋)とか「ジャンボエンチョー」(単体スポンサーでローカル番組を持つDIYショップ)とか出てきてほしかったですが、1987年当時はなかったのかもしれません。私は生粋の地元民ではなく、ここ6年くらいの静岡人なので、よくわかりません。

バスでセンターまで行き、さらにそこから徒歩で青葉公園へと向かう。(A面49ページ4行目)

って書かれても「センター」が何を意味するか、本当に静岡市近郊の人にしかわからんでしょう。これ、「バスターミナル」という意味の「センター」ではなく、「新静岡センター」というショッピングセンターのことです。後に「新静岡センターの屋上にビアガーデンがあるのは知っていた。(52ページ7行目)」と出てくるのと同じスポットです。静岡市街にバス網を張り巡らす「静鉄グループ」が運営しているショッピングセンターで、バス網の中心地なので「バスターミナル」の意味合いもあるにはあるんですけどね。

新静岡センター
▲新静岡センター
(看板自体が「Center」となっているのがわかりますか?)

静岡市民なら知らない者とていない待ち合わせ場所、青葉公園から向かうのはマクドナルド呉服町店。地元民なら「市役所の角のマック」としておなじみです。
青葉公園からマック
▲青葉公園から見た「市役所の角のマック」

マユと夕樹のデート拠点「ジョルダン」というお店は、「ダン・グループ」という系列飲食店の一つ。話にでてくる「金ギョーザ」は、ゴールドなギョーザではなく「金魚の形を模したギョーザ」です。どうやらこの「ジョルダン」、後に「談楽」と名前を変え、私が静岡に来たときには「四時味亭(しじみてい)」となっており、今は「炉囲土(ろいど)」というお店になっています。なお、これらすべて「ダン・グループ」です。
炉囲土
▲「炉囲土」になっている「ジョルダン」跡地

金ギョーザは「談楽」の頃は、まだお店の名物だったようです。「四時味亭」だった時に、私もここで飲んだことがあるのですが、メニューにあったかどうか……? 「炉囲土」になった後は行ったことがないので金ギョーザの現状は不明です。

作品中で「ジョルダン」を出た後、

歩き始めてすぐ──だから今の店のちょうど目の前のあたりに、シティホテルの入り口があることに僕は気づいた。(A面65ページ8行目)

とあるのは、静岡タウンホテル魚与のことですね。今の「炉囲土」の目の前にあるシティホテルです。
静岡タウンホテル魚与
▲静岡タウンホテル魚与

緑ヶ丘の「あさくま」というのは、愛知を中心に展開している、コーンスープが有名なステーキハウスのようです。「ようです」というのは、実際には知らないから。緑ヶ丘というのは今は静岡市と合併した旧清水市地区の町で、私の住んでいるところからそう遠くないのですが、私はこの「あさくま」見たことがありません。たぶんもうないのでしょう。富士市と浜松市には今もあるようですが。

「アピア」は静岡では有名なプレイスポット。ゲームセンターとかビリヤードとかネットカフェが揃った総合施設です。(って「アピア」って公式ホームページないのか……いまどき珍しい……。)

最近はあまり見ませんが「アピアで待ってる……」という有名なCMが深夜に流れていたそうです。私が静岡に来たばかりの頃、同僚に「ちょっと待ってて。すぐ行くから」と言ったら、「わかった、待ってる……アピアで待ってる」というハイパーローカルジョークをかまされ、「ハァ? なんだって?」とリアクションしてしまったのも今ではいい思い出です。

5−4)静岡方言
ここまで静岡ローカルを全面に打ち出している小説なのにも関わらず、作品中の人物たちは、意外と静岡方言をしゃべりません。A面の夕樹やその友人たちが話す言葉はほぼ標準語。

逆に、福井出身で東京に行ったB面辰也が、

「オレに怒ったってしょんねーだろ。」(B面211ページ15行目)

と静岡弁をしゃべっていたりします。「しょんねえ」は「しょうがない」あるいは「しょうもない」の意味です。「しゃんねえ」と発音することもあります。

辰也の友人、海藤も静岡方言をしゃべってました。

「スーさんはメシどうした? 十五階の食堂? ああ、俺もあそこで食ってきたんだけどさ、会わなかったっけな。」(B面157ページ1行目)

「会わなかったっな。」この「け」は、若者もばりばりに使っている静岡方言です。「け」なんて、標準語にもあるじゃん、と思われるかもしれません。しかしこの「け」は、静岡では「君は焼津の出身だったっけ」とか「あれはどこに置いたっけ」というような確認や軽い疑問に使われるだけではありません。よく使われる文例を挙げてみましょう。

「ああ〜忘れてたっけ! わりいっけやぁ!」
「あんときゃ、笑っちゃったっけよぉ!」

……さあ他県のみなさん、この「け」、何を狙って付けられているのか、わからなくなってきましたね?

私は東京近郊の生まれなので、この「け」に違和感と疑問をもち、「いったいなんなの[け]?」と調べてみました。どうやら「過去」「過去完了」「現在完了」の時制を持ち、「ふりかえりつつ、感嘆・慨嘆する」というような時に使うようです。古典でよくでてくる「けり」がその語源らしいですね。

つまり上記の文例を訳すと、
「ああ、忘れていたことよ。わるいことをしたものだ。」
「あのときは、笑ってしまったことだったなあ。」
なかなか由緒正しい方言です。

もうひとつ、同じく海藤による「これぞ静岡方言の代表格!」というものを紹介します。

「……でも、一時までに戻って来れるかなあ?」
「たぶん大丈夫ら。」(B面157ページ5行目)

「大丈夫。」静岡に縁のない方は「なにこれ? 誤植?」と思ってしまうような語尾ですが、これは静岡で日常的に使われている方言。標準語の「だろう」とほぼ同じで、推定とか確認の意味を持ちます。つまり「たぶん大丈夫だろ。」ってことですね。

「ら」は主に静岡県西部で使用頻度が高い方言で、海藤の「名古屋大学卒」という経歴をあわせて考えると、彼は浜松あたりの出身ではないかと思います。

それから、不思議なことがひとつ。東京のお嬢様、石丸美弥子嬢が静岡弁らしきものを口にしています。

「鈴木君は、今日は一人?」と石丸さんが聞いてきた。「私も、いつも一緒にご飯を食べる同期の子たちが休みだもんで、今週は私一人なんですよ。だから……一緒に食べに行きません?」(B面201ページ9行目)

「休みだもんで」。これは順接の静岡弁接続詞。標準語だと「〜なもので」ですね。

ただし「〜なもので」と違うのは、文節の下につけるだけでなく「だから」とか「それで」と同じような独立した接続詞としても使うところ。つまり上の文例で言えば「……同期の子たちがいないんです。だもんで、今週は私一人なんですよ。」という使い方もするんですね。この方言、かなりうつりやすいようで、東京近郊生まれの私が初めて素で使い、そしてツッコまれたのも「だもんで」でした。

しかし、なんで東京組が揃って静岡弁を使ってるんでしょう?

5−5)静岡の天気
ここまでやったんだからついでに、というわけで、当時の静岡県のお天気について気象庁の電子閲覧室で調べてみました。

……そこ、呆れないように。すぐ終わるから、もうちょっとだけ我慢する。

作品内で特徴的な天気が現れるのは、B面で辰也とマユが静岡伊勢丹に買い物に行く日の1987年7月18日(土)。

土曜日の午後なので呉服町通りは途中から歩行者天国になっていたが、雨天なので人の出はあまり多くない。(B面185ページ14行目)

で、この日の静岡市の天気を調べてみると……日照時間は少ないのですが、降水量は朝に少しだけ。どうやら「ぐずついた曇り」ですね。乾氏、惜しい! 翌日の19日(日)にしておけば、ばっちり雨だったのに!

なお、この1週前の11日(土)も疲れきった辰也が、マユの部屋で雨音を聞きながら寝てしまうという記述がありますが、この日も降水量ゼロの曇り。さすがの乾氏もそこまではやってなかったか。

……というより、そこまで調べる私のほうが、おかしいのでしょうが……。

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  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
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謎解き『イニシエーション・ラブ』 第4章 暗示と象徴

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かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!

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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ


第4章 暗示と象徴
『イニシエーション・ラブ』には、伏線のように明らかに示されているわけではないものの、トリックの構成や人間関係などを匂わせる暗示めいたものが、いくつか見受けられます。

4−1)タロット
この作品は乾くるみ氏が構想している「タロットをモチーフにした作品群」のうちの一つなのだそうです。

『イニシエーション・ラブ』のモチーフはタロット6番目のカード「恋人(ラヴァーズ)」。表紙に描かれている「1人の男に2人の女」のカードがそれです。
ラヴァーズ

本の構成とは男女が逆ではありますが、その内容を暗示しています。

占いがお好きな方ならご存知でしょうが、タロットには正位置と逆位置というのがあります。カードの天地が正常なものを正位置、さかさまになっているものを逆位置といって、それぞれ象徴するものが異なります。

「恋人(ラヴァーズ)」の正位置が象徴するものは、「固い絆・調和の大切さ・選択の重要性」。逆位置になると「誘惑・見通しの甘さ・迷い」。つまりはA面は正位置をモチーフとし、B面は逆位置をモチーフとしているのでしょう。

そして正位置と逆位置は「同じものを違う方向から見た」ということ。マユを「正位置」から見た夕樹のA面と、マユを「逆位置」から見た辰也のB面。作品全体の着想が、この「恋人(ラヴァーズ)」のタロットをスタート地点にしているわけです。

ちなみに、このタロット作品群ですが、『イニシエーション・ラブ』の他に10番目のカード「運命の輪」をモチーフにした『リピート』、16番目の「塔」をモチーフにした『塔の断章』があります。
表にしてみると、

作品名
物語の中の年
タロット番号
タロット名
イニシエーション・ラブ1987年6番恋人
リピート1991年10番運命の輪
塔の断章1997年16番

と並び、1枚/1年という構成になっているという噂です。この3冊、「ああ、あの作品群なんだな」とわかるように、全て表紙カバーにタロットカードが描かれています。

後で知ったのですが、石丸美弥子の先輩として出てくる男・天童は、この「タロットをモチーフにした作品群」にすべて絡んでくる人物なのだそうです。そして、その天童のフルネームは、天童太郎。

なるほど。タロウ。

英語の「tarot」は、最後の「t」をほとんど発音しません。つまり「タロウ」。
また、「tend」には「番をする」という意味があります。

天童太郎「tend tarot」は、タロットの番人、ということなのかもしれません。

4−2)表紙が示すもの

イニシエーション・ラブ表紙
この表紙は、タロット以外にもいくつかのことを暗示しています。まるで「ヴァニタス画」のように。

まず、1−4で挙げたカセットテープ。

A面とB面が「連続」に見えるけれど、実は「表と裏」であることを示します。

そして、コーヒーとタバコ。
コーヒーとタバコ
ホットコーヒーとアイスコーヒーがぴったりくっついた状態で置かれています。喫茶店の窓際の一角、という感じのショットですが、よく考えると変な配置だと思いませんか? 普通、2人で飲み物を頼んだら、それぞれの前に置かれますから、もっと離れた場所になるはずです。

このコーヒーはおそらく、夕樹と辰也を象徴しています。ホットとアイス。似ているけれど、あきらかに違う飲み物。それが、まるでひとつであるかのように置かれているわけです。

さらに、その2つの間にある灰皿と、1本だけの吸いがら。2−5で触れた「夕樹のみが喫煙者」という事実が暗示されています。また、タバコがマユの妊娠にかかわる重要アイテムであることは、3−3で解説したとおりです。

4−3)交換図書
夕樹とマユは初デートでお互いのオススメ本を貸し借りすることを決めますが、この本も無意味なものではないようです。

二人がともに読んでいる作家を見つけようとして、お互いに名前を挙げていったら、ようやく連城三紀彦が見つかったという感じで(A面55ページ6行目)
「あの、推理作家に泡坂妻夫って人がいるんですよ。」(A面62ページ17行目)

連城三紀彦と泡坂妻夫。どちらも「本格推理」といわれるジャンルを得意とする作家ですね。そしてこの2人は男女の機微をスリリングに描いた「恋愛ミステリ」とも言うべき作品を書いているそうです。つまり2人の作家を登場させたことは「この本は恋愛ミステリだぞ」という宣言なのではないか、という気がします。

「で、私はじゃあ、デュ・モーリアの『レベッカ』を持ってくるね。」(A面63ページ17行目)

と、マユから夕樹に貸し出されることになったこの本は、推理ファンには有名な作品。ある富豪の後妻として大きな屋敷に嫁いだ女性が、ことあるごとに先妻「レベッカ」と自分を同一視あるいは比較する周囲に悩まされながら、先妻の影を追ってゆくミステリです。

一人の男に時をずらして存在する二人の女。まさに「恋人(ラヴァーズ)」の絵柄が示すものと同一の作品です。『イニシエーション・ラブ』の一人の女に二人の男、という構造を映し出す「鏡」ですね。また『レベッカ』で描かれている「女性の二面性」も『イニシエーション・ラブ』の大きなテーマです。

4回目のデート(9月11日)で出てくるのが、

僕は出たばかりの新刊が面白かったので、それを交換本として持っていった。代わりにアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』を借り受けてくる。(A面80ページ4行目)

これは、可憐な外見を持ちながらも、純真な青年グリューを裏切る女、マノンの悲劇の物語。純真な夕樹を実は裏切っているマユ自身を示すと言えるのではないでしょうか。

この時夕樹が持っていった「出たばかりの新刊」がなんという本なのかは、この時は分からないのですが、9月15日にマユの家を訪れたときの、

僕が金曜日に貸した『十角館の殺人』が栞を挟んだ状態で置かれている。(A面94ページ16行目)

という記述ではっきりします。綾辻行人作の『十角館の殺人』は1987年9月に発売されていますので、記述とも一致し、『男女7人秋物語』同様、この時の時制が1987年であることの根拠となります。

『十角館の殺人』は叙述型の本格ミステリ。その特徴は「最後の最後で現れる一文でのどんでん返し」であり、トリックのキーとなっているのは「時系列」と「愛称」です。この『イニシエーション・ラブ』と同様の形式を持っている作品ですね。最後の一文でひっくり返すぞ、という作者からの遠まわしな予告と見ました。

一つ蛇足を。この作品のキーになっている『男女7人秋物語』も「遠距離恋愛に耐え切れず裏切った恋人」がメインテーマのラブストーリーでしたね。それを踏まえて読んでみると、

マユから電話が掛かってきた。彼女からの電話が週末に掛かってくることは珍しく、なんだろうと思っていると、
「ねえねえ、昨日の『男女7人』、見た?」と言う。
僕は「うん」と答えた。彼女があれだけ好きだと言っているのだから、僕も見ようと思っていたのだ。
「なんか私、あれ見て興奮しちゃって。……たっくんって今日暇? 今何してる?」
(A面118ページ10行目)

という部分もなかなか意味深です。この時の「昨日の『男女7人』」というのは、『男女7人秋物語』の第1話。私の記憶に間違いがなければ、大竹しのぶ演じるヒロインが「遠距離恋愛中に別の恋人を作った」ということが発覚する回です。

マユはふたまたをかけている自分の状態を、ドラマに投影させて、「なんか私、あれ見て興奮しちゃっ」たのかもしれません。……この解釈はちょっと怖いですね。

4−4)北原の手品
物語の最初の方で、夕樹の恋の仮想ライバルとして登場する友人・北原。彼の得意とするのが手品ですが、この手品のシーン、妙に詳しく書かれているのが気になります。ここも深読みをしてみると、「文章の手品」とも言いうるこの作品のトリックを暗示しているように思えるのです。

マユとの出会った合コンで北原が披露する「コイン移動」の手品では、こんな記述があります。

たぶんそういう邪魔が入ったときでも、うまく見せられるように、手順の中に何らかの工夫が施されていたのだろう。<中略>手順をいつものやつと変えていたのかもしれない。(A面18ページ7行目)

「手順をいつものやつと変えて」いる。第一部⇒第二部と時系列で続いていく、いつもの手順ではありませんよ、順序が違うんですよ、とこっそり囁いている、と解釈するのは無理があるでしょうか?

そしてテニスの打ち上げで披露される手品は、鍵と紐をテーブルの上に置き、紐の両端を出した状態でその上にナプキンをかぶせてから、ナプキンの下をごそごそいじると、いつのまにか鍵に紐が通っているというもの。

成岡さんのものは真鍮っぽい色をしていたので、ひと目でそれとわかった。北原が前もってそういう色の偽物を用意していたとも思えない。そもそも最初は指輪でやろうとしていたくらいだから、仕掛けのあるものとすり替える等の手段は使われていないはずだった。(A面86ページ8行目)

これは深読みのし過ぎかもしれませんが、「マユの家の鍵」を「マユ自身」と見なすと、そこにつながる「紐」は「男」と見ることが出来ます。
この手品の種がどのようなものであるかはわかりませんが、「鍵」がすり替えられない以上、トリックは「紐」にあるのは自明の理。そして「紐を一度切って繋げたような痕跡はどこにもなかった(86ページ14行目)」のですから、「紐」そのものがどこかですり替えられているとしか考えられません。

「鍵」ではなく「紐」がすり替えられている。「マユ」は同一人物だが、「男」がすり替えられている。それを「繋げたような痕跡」なくやっている。そんな暗示ともとれますね。

北原の2つの手品は、「時制のトリック」と「すり替えのトリック」という、この作品に仕掛けられた2つのトリックを象徴しているわけです。

4−5)渾名の話
夕樹とマユの2度目のデートの場面で、こんな部分があります。

成岡さんは僕の知らない人であっても構わずに自分の話の中に登場させる。その登場人物の呼称も、今回の「イヨちゃん」もそうだったし、あとは今までに聞いたことのある「ジョイ」にしても「ゴラ」にしても渾名(愛称?)であり、本名すらわからない人がほとんどなのに、聞いているうちに、僕のほうでもだんだん各人の違いというか、個性がわかってくる(ような気がする)のが、彼女の話を聞いていて楽しいところだった。(A面69ページ17行目)

「本名すらわからない人の個性がわかってくる(ような気がする)」。

さあ、これは作者から読者への警告ともとれますね。「たっくん」や「スーさん」と呼ばれている「本名すらわからない人」の「個性」や「各人の違い」を、あなたはきちんと「話の中」から読み取れますか? 読み取っていると思っていても「ような気がする」だけではありませんか?

4−6)マユの名前
名前つながりで、マユの名前の暗示について触れておきましょう。マユの本名はナルオカマユコ。「マユコ」は、漢字では「繭子」と書きます。

「繭」。つまり「さなぎ」です。この名前は象徴的ですね。「イニシエーション=羽化を経て変化する存在」ということ、また「いまだ本当の姿を見せていない存在」とも言えるわけです。

マユの名前が漢字で現れるのは物語中で2回だけ。夕樹との初めてのデートの時と、辰也に指輪が返却される時、この2回です。これはなかなか面白いタイミングです。マユが二股をかけていた期間の初めと終わりが、「繭」ではさまれていることになります。

この期間は、マユが繭から羽化してゆく時。イニシエーションの期間。

自分の名前の「繭」という字が好きではないと自ら語るマユ。返した指輪に付された「繭子」の文字は、「繭」ではなくなったマユを象徴するのかもしれません。

ところで、乾くるみ氏は冗談交じりに「この小説の裏タイトルは『チープ・ラブ 〜マユの物語〜』だ」とコメントしたことがあるそうです。
なるほど……。もちろんこれは『ディープ・ラブ 〜アユの物語〜』のもじりですが、このコメントによっていくつか分かることがあります。

まず、やはりこの本の主人公はマユだということ。再読することで本当の主人公、マユの物語を読み解いて欲しい、というのが作者乾氏の意図なのですね。

そして物語がチープであるのは百も承知だということ。賛否両論の激しいこの本の、一番の批判要因は「あまりに恋愛小説としてチープ過ぎる」という点のようですが、それも作者としては計算のうち。平凡でつまらない恋愛物語だ、という批判は甘んじて受けますよ、ということなのでしょう。

4−7)辰也の名前
最後の最後に表れるB面のたっくんの本名「辰也」。実は私、この「辰也」という名前にもちょっと違和感があったんです。乾氏はなぜ「辰也」にしたんだろう?と。

夕樹が「たっくん」と呼ばれるようになったのは、マユの作戦による意図的なものですが、辰也が「たっくん」と呼ばれているのは、ごく自然に「たつや」の最初の「た」の字をとったもの。ということは、乾氏にしてみれば、最初に「た」の字さえついていれば、「辰也」に限らずどんな名前でもよかったわけです。

さて「たっくん」⇒「辰也」という方向でなく、逆に「辰也」という名前の男の子には、どんな愛称がつくだろうと考えてみると、むしろ「たっくん」ではなく「たっちゃん」の方が適している気がします。この年代の「タツヤ」と言えば、漫画『タッチ』に出てくる上杉達也=「たっちゃん」ですし、「たつや」の「つ」や「や」の音が「ちゃん」を呼び込みそうです。

では「たっくん」に最も適する元の名前は何なのか。それは「拓也(たくや)」のような「たく」のつく名前ではないでしょうか。「た」さえつけば何でもよかったはずなのに、なぜ乾氏はより「たっくん」らしい「拓也」ではなく、あえて「辰也」を選んだのでしょう?

このささやかな疑問に対する一つの答えを見つけました。それは、この小説を支配する時制パズルにあります。

辰也が就職するまで、一度も浪人や留年を経ていないとすると(成績優秀だったらしいので可能性は高いですね)、1987年の社会人一年生で、23歳を迎えることになります。ということは早生まれなどの可能性を排除してしまえば、彼の生まれ年は1964年となります。乾氏のいっこ下ですね。

1964年の干支は、そう、辰年なんです。辰年に生まれた辰也。「たつ・なり」。

最後の最後に出てくる名前ですから、伏線にはなりえません。これは乾氏の遊び心が表れた名前と言えそうです。

ひょっとしたら、この小説のパズルが組まれる上で、最大の伏線である「タック」のアイデアが一番始めに存在したのかもしれません。そこから愛称が「たっくん」となりえる「夕樹」と「拓也」という名前が生まれ、最後に時制パズルの遊び心で「拓也」が「辰也」に変えられた。

そんな空想をめぐらしてみるのも、なかなか面白いとは思いませんか?


【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
posted by ゴンザ at 20:32| 静岡 ????| Comment(6) | TrackBack(0) | 小論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

謎解き『イニシエーション・ラブ』 第3章 交錯ポイントと心理の動き


【警告!】
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  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ



第3章 交錯ポイントと心理の動き
A面とB面は同時進行ですので、時にそれが交錯するところがあります。心理の動きなどとあわせて解説します。

3−1)水着
水着のエピソードは伏線というよりは、ミスリードの性格が強いでしょうか。マユが夕樹と静波海岸に行った時の水着は、

赤茶色のタンクトップに、その下にはすでに水着を着ているのだろう、白い肩紐が首の後ろで結ばれているのが見えた。(A面28ページ13行目)
成岡さんはワンピースの水着を着ていた。白地にカラフルな花模様があしらわれたデザインで彼女にとても似合っていた。背中の部分が大きく露出しているが<後略>(A面30ページ15行目)

と描写されています。そしてそれは、B面で描かれる「去年の水着」

「……でも今年買った新しい水着は、たっくんのために取っておいたから。
 たっくんと行くときに初めて着ようと思って買ったんだから」
 <中略>
そしてその新しい水着を彼女がまだ着ていないこともじきにわかった。
そうそう。思い出した。去年の水着は背中が大きく開いていて、肩紐を首の裏側で結ぶタイプのやつだった。そうそう。この形。
 <中略>
色は白で──この肌と同じ白の生地に、そう、カラフルな花模様が入ったやつだった。(B面195ページ13行目)

の記述と一致します。ですから、B面がA面の1年後、というつながり方をしてしまうのですが、実際には、この文の前を見ると、

「先週、友達と海に行ってきたの。だってたっくん、先週は静岡に帰ってこれないって言ってたじゃん。だから予定入れちゃってたの。
 ……でも今年買った新しい水着は、たっくんのために取っておいたから。
 たっくんと行くときに初めて着ようと思って買ったんだから」(B面195ページ11行目)

この「一緒に海に行った友達」というのが、夕樹を含む合コンメンバーなわけです。その時は新しい水着はとっておいて、去年(1986年)の夏に買った「白に花柄で背中の大きく開いた水着」を着ていった、ということ。「白に花柄で背中の大きく開いた水着」は辰也にとっては「去年(1986年)の水着」であり、夕樹にとってははじめて見た「今年(1987年)の水着」と映ることになります。

3−2)指輪
章の名前にもなっている「ルビーの指輪」はこのお話の中で様々な変遷をたどります。
まず、7月2日(木)の誕生日に辰也⇒マユにプレゼント。

「たっくん……。あの話、覚えててくれたんだ」マユの視線は僕と指輪の間を何度も行き来している。
「当然」と僕は答える。(B面151ページ15行目)

次に現れるのは夕樹とであった合コンの席。7月10日(金)。
「これは自分で買ったんです。<中略>七月の二日が、私の誕生日だったんですよ。それで買って、で、せっかく買ったんだから、やっぱり誰かに見せたいじゃないですか。」(A面16ページ4行目)

この時点でのマユはどういうつもりだったのか、よくわかりません。ただ、その指輪を嬉しげに見せる様子からは、まだ辰也への想いが強いことが窺えます。
次に記述に現れるのはテニスのシーンで、9月15日。

「今日はあの指輪はしてこなかった?」
「あ、はい。今日は持ってきてないです。」(A面85ページ4行目)

テニスをやる日なのですから、当たり前といえば当たり前なのですが、この日は指輪をしていません。ただ、マユの気持ちを示すバロメータとしてこの指輪を見るとすると、この時点では辰也から心が離れていることを示すと言えるでしょう。8月29日に堕胎手術を経ており、この後夕樹を部屋へ誘う展開になるわけですから。

10月31日の辰也との破局の後、

水曜日に仕事から帰ると、寮に僕宛の小包が届いていた。<中略>部屋に戻って包みを開けてみると、青いベルベットの小箱が出てきた。蓋を開けると、中身もちゃんと入っている。(B面249ページ1行目)

マユからルビーの指輪が辰也に返されます。決別。マユにとってのイニシエーションの最後の儀式、といったところでしょうか。

そしてA面の最終章・クリスマスイブのシーンでは、

「あ、うん。あれね。……本当はしてこようと思ってたんだけど、探したら無くて──なんか、失くしちゃったみたい」(A面127ページ5行目)

ということで、マユは辰也からもらい、返した指輪について、夕樹には「失くした」と言います。それに対し夕樹は

「じゃあ、来年は僕が指輪をプレゼントする」と思ったままを口にしながら、僕はコートのポケットに仕舞っておいた包みを取り出した。(A面127ページ12行目)

ここの「じゃあ、来年は僕が指輪をプレゼントする」という部分が、B面最初、マユの誕生日の「たっくん……。あの話、覚えててくれたんだ」の「あの話」にあたるのか、と読者をミスリードするわけですが、実際は辰也とマユの間で交わされた他の話だということですね。これがどんな話かは明らかでないのですが、

「それ、ルビー?」
「そう」と答えた成岡さんの表情がパッと明るくなる。種類を言い当てられたのが嬉しかったようだ。「七月の誕生石」と付け加える。(A面16ページ10行目)

「うん。マユが他の月に生まれてくれれば、ね。もっと大粒のを買えたかも。」
「もっと安いのを、じゃなくて。」(B面152ページ2行目)

と、「誕生石としてのルビー」にこだわっているところから見て、たとえば「婚約指輪の宝石は誕生石」「誕生石の指輪を恋人からプレゼントされるとそのカップルは幸せになる」といった話ではないかと推測されます。マユと辰也が過ごした初めての誕生日(1年前の1986年7月2日)にそんな話をしたのではないでしょうか。

3−3)マユの堕胎手術とタバコ
マユが「生理が来ていない」ということを辰也に打ち明けたのが8月9日。最後に生理が来たのが6月の10日あたりだった、という記述がありますから、7月10日くらいから不安を感じ始め、まるまる二ヶ月が経ったところでいよいよ告白したということになります。

不安に思っているこの期間に、夕樹に積極的にアプローチしていたマユ。8月2日に海へ行き、8月14日に初デートをしています。いったいどんなことを考えていたのでしょうか。女の強さなのか、それとも弱さなのか……?

8月2日の海で、マユは夕樹にタバコをもらって吸っています。そして8月9日に辰也に妊娠の疑いを告白。この時点で、ある程度は妊娠の覚悟もしていたと思われます。
8月14日の夕樹との初デートでは、

バーガーとポテトを片付けたところで、僕は成岡さんの了解を得てからタバコに火をつけた。最初の灰を灰皿に落としたところで、「成岡さん今日は?」と聞いてみると、
「実は持ってきてるんですけど、今はやめときます」と言って、悪戯が見つかったときに子供が見せるような表情をしてみせた。(A面56ページ11行目)

とタバコを控えています。産むことになるかもしれない、という気持ちがマユにタバコを吸わせなかったのでしょうか。

そして8月23日の検査で妊娠が判明。その夜、辰也からの電話で堕胎を決めます。堕胎手術は翌週末の8月29日。その前の8月26日(水)にマユは夕樹に電話をかけて、「体調が悪い」という理由で8月28日(金)のデートをキャンセルしています。

8月30日に退院した後、9月4日(金)に夕樹との3回目のデート。先週のデートのキャンセルについて、マユは「便秘だった」というなんとも微妙な言い訳をします。

「お腹がずっと張ってて苦しいし、あと入院とかしなきゃならない場合もあるし。私も先週の土日に一泊で入院してきて、それでようやくすっきりしたんだもん。」(76ページ8行目)

この日のマユは「うーん、開放感っていうのかな」「よーし、飲んで食うぞー」とたしかに「すっきりした」様子を見せます。指輪の項でも触れたとおり、堕胎手術がマユの心が辰也から離れていく決定的なきっかけになっていることをうかがわせます。そしてこの後、

そういえば、彼女が自分のタバコを吸うところを見るのは、これが初めてだった。(A面75ページ12行目)

ということで、前回のデートまでは控えていたタバコを吸っています。おなかの子を心配する必要がなくなったことが、喫煙を再開させているのかもしれません。

なお、マユが受胎したのがいつなのか?というちょっと下世話なことを考えてみますと、6月10日に生理があった、というのでそれ以後。8月23日の検査で「妊娠3ヶ月」と診断されていることから考えると、おそらく辰也が東京派遣の内示を受けた翌日、マユに東京行きの話をして「久しぶりに燃え上がった」6月20日のことではないかと思われます。

妊娠○ヶ月、というのは、丸○ヶ月ではなく足掛け○ヶ月、○ヶ月目に入った、という定義なの、かな?

3−4)ハードカバーの本
前項堕胎手術と同じ時期に現れる交錯アイテムが、ハードカバーの本。

マユと夕樹の初デートで話題になった泡坂妻夫の本、『花嫁のさけび』『乱れからくり』『11枚のとらんぷ』『迷蝶の島』を、夕樹は2回目のデートでマユに貸します。

僕が鞄から本を取り出すと、「あ、単行本なんだ」と彼女は驚いたような表情を見せた。(A面68ページ7行目)

単行本、つまりハードカバーの本です。この4冊の本はB面でも現れます。マユの妊娠が明らかになり、部屋で今後のことを話し合おうとする際、辰也はいらだち、

代わりに僕は、カラーボックスの上に積まれていたハードカバーの本の山に目をつけると、「何だよこれは」と手で床に払い落とした。(B面220ページ11行目)

と理不尽な怒りをぶつけます。これに対しマユは、

「もう買わないから。本はじゃあこれからは全部図書館で借りて読むから。……今はそんなことで怒らないで」とか細い声で言い、床に散らばった本を一冊ずつ拾い集めようとする。(B面220ページ17行目)

これを踏まえたうえで、マユが夕樹に本を返す9月4日の文章を読んでみましょう。

とりあえずその場でお互いに借りていた本を返し(僕が貸していたハードカバーを含む四冊が、彼女には重荷になっていたようだ)(A面74ページ9行目)

「重荷になっていたようだ」。肉体的な重荷という意味の裏に、いさかいのきっかけを作ってしまった「精神的な重荷」という意味。作者がほくそ笑んでいるような表現ではありませんか?

3−5)アインシュタインの本
もう一つ、続けて本のネタ。

その中に一冊、講談社ブルーバックスの本が混じっているのが目を惹いた。明らかに彼女の嗜好とは異なっているはずの、その本のタイトルは──『アインシュタインの世界』。(A面96ページ9行目)

その時僕は唐突に彼女の部屋にあった『アインシュタインの世界』という本のことを思い出していた。彼女の読書傾向からして、あまりにも似つかわしくないその本は、あるいは彼女が僕のことを理解したいと思って買ったものだったのかもしれない。理系の人間について理解したい──アインシュタインについて勉強してみよう──というその着想の安易さも含めて、それはいかにもありうることのように思えたし、もしそうだとしたら──僕はマユのその気持ちを嬉しく思う。(A面120ページ8行目)

と、夕樹は考えるわけですが、実際のところは、B面最後で語られる辰也とマユの思い出の中の1つ、

──彼女がニュートンとアインシュタインの区別もつかないのを馬鹿にしたら泣いてしまったこと──
(B面262ページ15行目)

で明かされるとおり、「理系(数学科)の夕樹を理解するために」ではなく、「物理専攻の辰也を理解するために」買ったものだったのです。

3−6)辰也とマユのW二股
ここでは、時系列データに従って、辰也とマユのW二股の状況について分析してみましょう。

夕樹とマユの出会いはいうまでもなく、7月10(金)の合コンですが、その次の日に辰也と会ったときの記述に注目。

話の都合上、石丸美弥子さんの名前も出すことになったが、彼女が女性であることは敢えて伏せて喋った。僕自身が彼女に対して何も思っていないのに、マユに変な風に勘繰られたり嫉妬されたりするのも馬鹿らしい。
マユのほうでもこの1週間友達と遊んだりしていたようで、話題は尽きなかった。(B面170ページ8行目)

なるほど……マユも辰也と同じように「変な風に勘繰られたり嫉妬されたりするのも馬鹿らしい」から「女友達と飲みに行ってカラオケで騒いだ」というような話し方をしたようですね。

この日の少し後、辰也は入院と観劇のせいで3週間ほどマユと会わない日が続きます。その間の8月2日の海でマユは夕樹に積極的なアプローチをします。

かなりのニヤミスが生じるのが、一週間後の8月9日(日)。この日はマユが、久しぶりに会った辰也に対し、生理が来ていないことを打ち明けた日です。一方でその日の夜には、夕樹がマユに初めて電話を掛けています。辰也が帰った数時間後、マユは夕樹からの電話を受けているんですね。マユ、なかなかの綱渡りです。

その後、堕胎手術を経て、辰也が3週間ほど静岡に帰らなかった間に、マユと夕樹は初めて身体を重ねます。これが9月15日のこと。上述の海でのアプローチといい、マユは2週間以上会えないと寂しくなってしまう性格のようです。

夕樹とベッドインしたマユが「とうてい処女とは思えない」というのと、2度目で、
「竿竹なら間に合ってますよって、よっぽど言おうかと思った、私」(A面122ページ5行目)

とシモネタジョークまで飛び出すに至って、「二股かけてんじゃ?」という疑惑を持った人は多いようです。

辰也が本格的に石丸さんとの浮気を始めたのが9月23日ですから、マユと辰也のW二股はほぼ同時期に進行し、10月31日の破局まで1ヶ月半ほど続くことになります。このことを踏まえて読んでみましょう。

「だから十月からは──」<中略>「──木曜日にしない?」(A面117ページ15行目)

とマユが夕樹とのデートを金曜から木曜の夜に変更することを持ちかけたのが、9月18日(金)のこと。辰也が週末に戻ってくるわけですから、前日の金曜日夜に夕樹と会い、もし強引に部屋に泊まられでもしたらマユは困ります。そういう意図で、デートの日程をずらしたのでしょうね。

翌9月19日(土)には、マユは辰也から「俺、やっぱ毎週だとけっこう辛いんだよ。<中略>二週間に一回のペースになってもいいかな?」(B面239ページ6行目)という頼みを受け、笑顔で了承しています。
この後、辰也は石丸さんとマユ、交互に週末を過ごすわけですが、マユの方はと見ると、10月10日以降、

彼女はそれから月に一、二回のペースで、僕の部屋を訪ねてくるようになった。(A面122ページ8行目)

と書かれています。月に二回とすると、二週間に一回のペース。マユも辰也と同じペースで浮気をしていたということになりますね。つまりは辰也が石丸さんと会っている週末には、マユも夕樹と過ごしていたのです。

その後10月31日で辰也×マユは破局を迎えます。辰也の捨てゼリフ「本当は、二ヶ月前のあの日に終わってたんだよ。俺たち」(B面247ページ5行目)の「二ヶ月前のあの日」が示すのは、もちろん堕胎手術を行った8月29日のこと。その約2週間後にマユは夕樹と浮気、3週間後に辰也は石丸さんと浮気をするわけですから、確かに「終わって」いたのでしょう。辰也が出て行った後、マユはつぶやいたかもしれません。「そんなこと、わかってたわ」と。

11/14(土)に夕樹とのはじめてのドライブで、二人はラブホテルに入るのですが、

僕たちにとっては全てが物珍しく──マユは特にはしゃいでいた。雰囲気がそうさせるのか、彼女はその日、今までになく積極的な姿勢を見せた。(A面122ページ13行目)

と記されています。もちろん、マユは初めてラブホテルに来たわけではありませんから、「はしゃいで」いたのは別の理由。夕樹に対する「初々しい」演技なのか、辰也との別れを吹っ切るための空元気なのか、はたまた辰也との関係が清算されたことについての開放感なのか。最後の理由が一番しっくり来ますね。

3−7)イブの予約

さて、その11月14日・ラブホテルのピロートークの中で、マユと夕樹はクリスマスイブの過ごし方を話題にします。その後の記述が以下のもの。

現実には、夜景が綺麗だとか、あるいは料理がおいしいとか、それなりに有名なホテルやレストランでは、すでにこの時期、クリスマスの予約は埋まっているだろうと思われた。
しかしダメで元々だと開き直って、僕は帰宅後すぐに電話を掛けてみた。最初に掛けたのはターミナルホテルだった。するとちょうどキャンセルが出たばかりで、スカイレストランでのディナー二人席とダブルルームが一室空いているという。僕はすぐに予約を申し込んだ。非常にラッキーだった。
マユにも電話をしてその件を報告すると、彼女は開口一番、
「あー、じゃあ、どこかで今日、失恋したカップルがいたってことね」と言った。なるほどと思う。どこの誰かは知らないが、僕たちはそのカップルに感謝しなければならないと思う。(A面123ページ5行目)

これに対するB面。

十一月も半ばになってから、僕はクリスマスイブに静岡ターミナルホテルの予約を取っていたことを思い出した。スカイレストランでのディナーと、ダブルルームで一泊という予約である。その二つを合わせて、キャンセル料は三千円ほどかかった。
もしマユと続いていたとしても、今年のイブは木曜日で──どのみちキャンセルするしかなかったかもしれない。予約をしたのは五月だった。(B面255ページ2行目)

というわけで、辰也&マユが「どこかで今日、失恋したカップル」であり、辰也&マユがキャンセルした予約に、マユ&夕樹が滑り込んだということです。


【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
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謎解き『イニシエーション・ラブ』 第2章 すり替えのトリック


【警告!】
この下の文は小説『イニシエーション・ラブ』のネタばらし解説です!
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!

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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ


第2章 すり替えのトリック
A面の「僕」は鈴木夕樹。B面の「僕(俺)」は鈴木辰也という別人物。

この小説は最終ページの「……何考えてるの、辰也?」というセリフから、A面とB面が別人物であることに気づかせ⇒そういえばなんかキャラに違和感があった⇒じゃあなに、A面とB面は別の話?⇒あっ、A面とB面は続きじゃなくて同時進行だ!⇒マユは二股かけてたってこと?⇒やられた!という形で、ドミノ倒し式に謎が解けていく構造を持っています。そういう意味ではこの「すり替え」こそが、最大のトリックと言えますね。

2−1)名前
すり替えが行われる上で重要なのが、もちろん名前。「鈴木」という日本に多い名字をチョイスしたところからすでにトリックが始まっています。

そして愛称の「たっくん」。マユは夕樹との2回目のデートでこう言います。

「ユウキってたしか、夕方の夕に樹木の樹って書くんだよね?」と成岡さんが聞いてくる。あ、ちゃんと憶えていてくれたんだ、と嬉しく思いながら僕が頷くと、
「じゃあさ、夕方の夕って、カタカナのタと同じに見えるじゃない? だからタキで──たっくんっていうのはどう?」(A面70ページ14行目)

いくらなんでも、無理のある愛称の付け方じゃあ……?と思った人も多いでしょうね。これは、二股をかける相手の愛称を一緒にしてしまうことで、失敗を防ぐというマユの作戦だったわけです。実際同じように二股をかけていた辰也は、

僕はマユに何かを言おうとしていた。そして気がついたときには、「なあ、おい、美弥子」と言ってしまっていたのだ。(B面245ページ15行目)

という大失敗を犯し、これが破局につながっています。
遠距離恋愛中は、電話を受けることが極端に多いものです。どちらからの電話かはっきりしなくても、とりあえず「あ、たっくん?」と言っておけば安心な状況を作ったマユ。それを念頭において、完全破局後に辰也がマユにかけた間違い電話のシーンを見てみましょう。少し長く引用します。

二度目のコール音の後、受話器が外れる音がして、
「──はい。成岡です」というマユの声を聞いたときには、僕はいっぺんで酔いが醒めていた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
「──もしもし? ……たっくん?」
 という声を聞いたところで、僕は慌てて受話器を置いた。
 怖かった。
「たっくん?」と言ったときのマユの口調があまりにも普通だったからだ。
 まさか……たっくんから? ──という感じで言うのならばわかる。あるいは──たっくんからであってほしい──と祈るような感じで言ったのであれば。
 しかし今の口調は、僕が毎日のように電話を掛けていた、あのころのようで──電話が鳴ったから、たぶんたっくんだろうと思って出る──しかし相手が黙ったままだ──たっくん……でしょ?──といった感覚の中で自然に出てきた言葉のように思えたのだ。
 彼女の中で僕と別れたことが──そしてこの一ヶ月余りの間、一度も連絡をしていないことが──正しく認識されていないのだとしたら……。
 その想像は、あまりにも不気味だった。そして同時に、もしそれが本当だとしたら、マユがあまりにも哀れだと思った。
 脇の下を汗が流れているのがわかった。と同時に眩暈を感じて、僕はその場に蹲った。(B面257ページ15行目)

……おびえまくっている辰也のほうが「哀れ」ですね。声の様子から感じ取ったことが正鵠を射ているところが、かえって哀れさを増幅させます。この時のマユは、夕樹とのクリスマスイブの予定にうきうきしている頃。少なくともこの作戦に関しては、マユのほうが辰也より完全に一枚上手だったと言えますね。

さて、この小説で「最もわかりやすい」と言われている伏線も、この「たっくん」という愛称に張られています。マユと夕樹の初デートのシーンです。

「──たとえばそのメガネも、もうちょっとオシャレな感じのものに変えるだけで、たいぶ印象って変わると思うし……コンタクトってしたことは? タック──」と言ったところで言葉を詰まらせたので、どうしたのかと思ったら、「タックってわかります?」と真顔で聞かれたので、やや憤慨気味に「僕だってタックぐらいはわかりますよ。こう、布を折り返してズボンとかに入ってる」と答えると、彼女は「そうですよね、ごめんなさい」と言ってクスクスと笑った。(A面61ページ1行目)

メガネ⇒コンタクトの話題から、いきなりズボンのタックの話というのは、いくら「オシャレつながり」としても唐突すぎます。この「タック──」と言葉に詰まったのは、実は「たっくんは……」というように続けそうになって慌てて黙り込んだ、ということですね。マユが「たっくん」の後、どんな言葉を続けるつもりだったのかはわかりませんが、要はこの時、マユも辰也と同じ大失敗をしそうになっていたわけです。

この失敗を教訓として持ち帰って作戦を練り、2回目のデートで夕樹をも「たっくん」と呼ぶようにするあたり、やはりマユは只者ではありません。

2−2)性格
A面の夕樹とB面の辰也では、よく読んでみると性格にかなりの違いがあります。ざっとまとめるならば、夕樹は温和で消極的、辰也はやや傲慢で自分勝手、といったところでしょうか。A面夕樹は終始控えめで謙虚に

渡辺さんは僕に好意を持ってくれている。
どうして成岡さんじゃないんだ……。そんな理不尽なことを思った。女性から好意を寄せられているだけでも、ありがたいと思わなければならない人間のくせに。(A面36ページ13行目)

というような考え方をする男ですが、B面辰也は、

面白いことに僕の企画に難癖をつけるメンバーはたいてい決まっていて、それは自分ではつまらない企画しか立てられない能無しの社員ばかりだった。(B面251ページ4行目)
この冴えない中年男が美弥子に交際を申し込んだのか──と思うと、その身の程知らずな行為が改めて許せないこととして思えてきた。(B面252ページ5行目)

といったことを平気で考える男です。石丸美弥子言うところの「ワイルド」な性格。
改めて読んでみれば、とうてい同一人物とは思えない言動なのですが、読者は

つまりは、もっと精神的に男らしくなってほしいということなのだろうと、僕はそんなふうに彼女の要望を理解していた。二人の関係で言えば、僕のほうが常に彼女をリードするような形で、これからは過ごしていってほしいというような感じで。(A面79ページ14行目)

実際にはむしろ消極的な性格だと、自分では思っているのだが。(B面133ページ17行目)

といったミスリードが頭の隅に残っていますから、「性格が変った、いや、変えていったんだな」という受け入れ方をしてしまうんですね。

B面で時折現れる「俺」という一人称の荒っぽい言葉遣いも、

「だから『僕』って言われるよりも、今みたいに『俺』って言われたほうが、何となく頼もしいっていうのかな? 男らしいって感じがして──」(A面79ページ8行目)

というマユの言葉がミスリードとなっています。

2−3)飲酒
B面の冒頭から読者に違和感を抱かせるものの1つが、辰也の酒乱癖です。

工場研修の時の飲み会のときには、僕自身は覚えていないのだが、どうやら酒に酔って暴れてしまったらしい。(B面133ページ11行目)
飲み会が終わる頃には、身体はかなり酔っていたが、意識は最後まで明晰であり続けた。それも僕にしてはめずらしいことだった。(B面165ページ16行目)

と書かれていますし、酒を飲んだときに海藤とも派手なケンカをしています。酔ってマユを殴った、というのもむべなるかな。
夕樹の方は、酔って暴れたような記述はなく、酒豪とまでは行かなくとも、

「私たちが海に行っていた間もずーっと飲んでましたもんね。」(A面38ページ5行目)

とあるように、そこそこは飲めるクチのようです。また、最初の合コンの時の

飲みすぎたのだろう、実はカラオケ店での記憶がほとんどない。誰とどんな会話を交わしたのか憶えていないし、成岡さんがそこでどんな歌を歌ったのかも憶えていない。ただ楽しかったという印象だけが残っている。(A面22ページ10行目)

という描写を見ると、辰也のような酒乱ではない、いい酔い方をするタイプなのでしょう。

2−4)ファッション
もう一つ、B面冒頭からの大きな違和感が、ファッションです。

僕は今まで、あまりオシャレには気を遣うことがないまま生きてきた。そういう自覚は少なくともあった。(A面59ページ16ページ)

とオシャレについては、コンプレックスを抱えていたA面の「僕」が、B面では一転して、

他のみんなが新入社員らしくビジネススーツ姿で会社に来ているのに対して、僕は入社式のときからブランドもののソフトスーツを着て来ていたし、(B面133ページ9行目)
「あ、そのスーツ、ドモンじゃないですか?……やっぱりそうだ。オシャレですね。すごい似合ってます。」(B面159ページ17行目)

と会社のファッションリーダー的な存在となっており、あげくの果てには、

「海藤さ、もしモテたいんなら、もうちょっと服装とかに気を遣ったほうがいいぞ。もし何だったら、一緒に買い物に行くか?」
<中略>
海藤も見た目はそんなに悪くない。ファッションにもう少し磨きをかければ、望みどおりに都会の女とも付き合えるだろう。(B面254ページ13行目)

とスタイリスト気取りです。もっともこれにはミスリードがあって、

「あと鈴木さんって、もうちょっとオシャレに気を遣ったほうがいいと思うんです。」(A面59ページ11行目)

というセリフから始まる「マユの彼氏リフォーム計画」の成果か、と読者は考えてしまうんですね。そして終盤、

僕のほうは丸井で買ったブランド製のスーツ姿で、マユほど気合が入っているとは言えないだろうが、まあ初デートのときよりはマシな格好をしていると言えるだろう。我ながらあれはひどかったと思う。それでもよくマユが付き合ってくれたと思う。(A面124ページ12行目)

の「ブランド製のスーツ」が、上述の入社式で着ていった服なのか?と、自分でミスリードの補強をしてしまったりします。

2−5)喫煙とパチンコ
タバコは夕樹とマユを結びつけるアイテムとして、

「あの……タバコ、一本いただけません?」
思わず「え?」と言ってしまった。「タバコ、吸うんですか?」
「仕事場とかでは吸わないんですけど、家で寝る前とかにはいつも。意外ですか?」
「意外です。……あ、どうぞどうぞ」僕は箱を相手に手渡した。(A面38ページ11行目)

などとA面では頻繁にでてきますが、B面になるとぱったり影を潜めます。どうやら、辰也には喫煙の習慣はない模様です。
辰也がマユの喫煙を知っているかどうかはわかりません。非喫煙者の私からすれば、彼女がタバコを吸い始めたり、あるいは誰かが彼女の家でタバコを吸ったりすれば、匂いで簡単にわかると思うのですが。

同じ「時間つぶしの一服」として、辰也が持っている趣味が「パチンコ」です。

A面では「僕」がパチンコをする場面はまったくありませんが、B面の「僕」は、マユの誕生日に彼女の帰宅を待つ間や、彼女が妊娠の検査を受けている最中などに、近所のパチンコ屋で時間をつぶしています。

そんなふうに、ただの時間潰しのつもりで始めたパチンコだったが、思わぬ大当たりが連続して来て、<中略>普通に換金してもらうことにした。(B面149ページ5行目)

私はパチンコに詳しくないのでなんとも言えませんが、ごく最近パチンコを始めた初心者にしては、なかなかの腕前なのではないでしょうか。そして、こういうとき、喫煙者なら出玉の1部をタバコに交換しそうな気がします。

2−6)読書
A面の夕樹が、ミステリーに偏っているとはいえ、かなりの読書家であることは、各所で示されている通りです。

実際に話してみて一番の収穫だと思ったのは、彼女も読書を趣味にしているということだった。(A面55ページ4行目)
部屋に入ってくるなり、彼女は「すごい本の量。図書館みたい」と声をあげた。六畳間の壁一面を埋め尽くす蔵書は、この四年間に僕が買い溜めてきたもので、一千冊近くはあるだろう。(A面119ページ15行目)

しかし、B面の辰也に話が移行すると、

ようやくデパートを出て、外の蒸し暑さにうんざりしながらも、とりあえずこれで帰れると僕が内心でホッとしていたら、マユが「あ、ついでに本屋さんもちょっと見ていきたいな」と言い出して、結局傘を開くことなく隣の吉見書店にも寄る羽目になった。彼女は三十分ほどかけて文庫本を2冊買った。僕はその間、一階の雑誌コーナーで立ち読みをして時間を潰していた。(B面186ページ5行目)

「書店にも寄る羽目になっ」て、「雑誌コーナーで立ち読みをして時間を潰」す、というのは、家に千冊の蔵書があるような人の行動ではありませんね。また、東京に引っ越すことになったとき、アパートや駐車場の解約などについては心配していますが、蔵書の処分については全く触れられていません。「荷造りも──<中略>まあ、なんとかなるだろう。」(B面136ページ13行目)と大変楽観的で、ちょっと違和感がありますね。

2−7)帰省
B面終盤で辰也が石丸家のクリスマスディナーに招かれたときの会話に、

「じゃあ出身も静岡で?」
「あ、いえ、出身は福井なんです。大学のときに静岡に来て、そのままそこで就職して」(B面260ページ1行目)

というやりとりがあります。あれ?そうだったの? 静岡出身じゃなかったの?と感じる部分です。
A面夕樹の出身がどこなのかについては、確たる記述はありません。静岡県にそこそこ土地勘があるようなので県内出身者っぽいですね。静岡市で一人暮らしをしていることと、鈴木という姓の分布から考えると、県内とはいえ静岡市からはかなり遠い、浜松あたりの出身ではないかと推測されます。
また、夕樹はお盆休みの時期、実家のお母さんが1本電話をかけてきたきり、帰省らしい帰省をしていません。こうなると故郷はごく近くにあるか、あるいは逆に帰省が大変なほど遠くという感じですね。

対してB面辰也のほうは、

列車での移動に長時間をかけて、日没後にようやく帰り着いた実家で一晩寝て、翌日には午前中早くに家を出て、また長時間かけて東京に戻ってくるという、ただそれだけ。結局、墓参をする時間もないままの慌ただしい帰省だった。学生時代からの決め事とはいえ、まったく無駄なことをしていると、その道中で僕はずっと考えていた。(B面209ページ4行目)

つまり、お盆の帰省は「学生時代からの決め事」になっていたわけで、帰省しなかったA面での行動と矛盾していることになります。

2−8)専攻

「鈴木さんたちって、数学科って言ってましたよね?いつもそんなふうに物事を計算して考えてるんですか?」(A面39ページ14行目)

という記述の後、何度も現れるように夕樹は静岡大学の理学部数学科に所属しています。ちなみにこれは、作者乾くるみ氏とまったく同じ出身大学・学部・学科です。

辰也も理系出身ですが、石丸家のクリスマスディナーに招かれたときの前項の会話の後すぐ、

「大学では何を専攻されていたんですか?」
「物理です。流体力学のほうを」(B面260ページ3行目)

というやりとりを交わします。数学科で流体力学を専攻? と首を傾げてしまいますね。そういえば、『北斗七星』の演劇を観に行ったときのくだりでも、

「あと松島さんの演じていた光子の振舞いとか、ボーアの理論の説明とか、ちゃんと物理学をわかっている人の書いた──」(B面193ページ6行目)

と、物理学に対して詳しいところを見せていましたね。ということで、辰也は同じ静岡大学の理学部でも、数学科ではなく、物理学科に属していたようです。

辰也が夕樹の1年先輩。同じ学部なのですから、一般教養や必修科目などで顔をあわせていた可能性は十分あります。体育で対戦していたことだって、あるかもしれませんね。

[追記]

と思っていたのですが、よく読んでみると、辰也のほうは「大学が静岡」「地方大学」と言っているだけなので、「静岡大学」とは限らないんですね。うっかりしてました。

海藤は名古屋大学を卒業しており、出身校のランクで言えば、四十二人いる新入社員の中ではズバ抜けていた。(B面133ページ5行目)

たしかに名古屋大学のほうが、静岡大学よりランクは高いようですが……微妙。「一流企業に内定していた」という記述や、子会社からの派遣とはいえ、働いている会社に東大や京大の社員がいるところから見て、辰也もそんなに低いレベルの大学ではなさそうです。

マユの誕生日に、空っぽの自分のアパートから静岡市内の彼女の家に向かう記述を見ても、静岡市からそう遠くないところに住んでいたと思われます。大学時代の一人暮らしで、大学から遠いところに住んでも意味がないので、静岡市近郊の大学のはず。静岡には大学はあまりないので、やっぱり、静岡大学が一番可能性高いですね。

東大や京大出身の社員と自分を比べるとき、「地方大学出身」という言い方をしているあたり、「同じ国立大」という意識があるように思います。

2−9)プレゼント
B面で「僕」ことたっくんは、石丸さんとの浮気を続けるうち、

三度目に彼女と寝た日、僕は財布をどこかに置き忘れるという大失態を犯してしまった。<中略>できれば財布だけは無事に帰ってきて欲しかった。何しろマユから誕生日のプレゼントとして貰ったものである。(B面244ページ9行目)

という失敗を犯します。これを読んだ私たちは、「ああそういえば」とばかりに

「はい。たっくんにプレゼント」
<中略>中から現れたのは──革製の財布とパスケースのセットだった。(A面128ページ9行目)

という記述を思い出します。

ですが、ちょっと待ってください。これはたしか誕生日プレゼントではなく、クリスマスプレゼントだったはず。もちろん、単に「僕」が思い違いをしている可能性もありますし(日常ではままあることです)、物語の空白期間である1〜5月くらいの間に「僕」が誕生日を迎え、もう一回マユが財布をプレゼントした可能性だってありますが、まあ、理屈で言ったら矛盾していますね。

2−10)電話
小さなネタですが、電話のエピソードについて気づいたことがあります。夕樹はあまり電話を多用するタイプではなく、マユにデートを申し込んだときに、

電話機がこれほど役に立つ道具と知ったのは、この時が初めてだった。(A面47ページ15行目)

などと独白しているのですが、B面冒頭ではいきなり、

僕が受話器を置く前に、彼女は電話を切っていた。掛けた側が先に切るのがマナーだと前に教えたはずなのに。(B面141ページ4行目)

とマユの電話マナーについてうんぬんしています。

また、A面でクリスマスイブの予約が取れた報告をマユにしたとき、

「じゃあ、イブの夜はいちおうちゃんとした格好でドレスアップして行かないとね」と彼女は弾んだ口調で言うと、その後に「本当にたっくんて凄い」と付け足して、電話を切った。(A面123ページ16行目)

とあります。もちろんこの時も夕樹から電話を掛けていますので、マユの行動は「マナー違反」なのですが、夕樹は特に気にした様子も見せません。

……マユによる夕樹の教育は大変に浸透していますが、辰也によるマユの教育はほとんど成果がなかったものと見えます。

2−11)運転歴
夕樹が運転免許をとったのは、1987年11月13日のこと。ですから、B面がA面の続きであるとすると、まだ物語中の大半では運転歴1年未満。若葉マークもとれない、バリバリの運転初心者です。

さて、そこでB面を見てみると、

今までにも三回ほど、静岡から東京まで高速を飛ばしたことはある。しかし過去の三回は常に同乗者がいたが、今は一人きりである。<中略>
首都高の都心環状線を運転するのは初めてだったが、そんなに戸惑うことはなかった。江戸島から六号線に入り、箱崎、両国と抜けて、向島のランプで一般道に下りる。明治通りに出るのに少し迷ったが、あとは一キロも行かないうちに駐車場に着く。(B面171ページ11行目)

とあります。これが7月11日の記述です。免許を取得して約8ヶ月、しかも卒業やら就職やらで忙しいこの時期に、三回も「静岡から東京まで高速を飛ばしたこと」がある、というのはちょっと多いですね。静岡〜東京は新幹線が便利ですので、用があるにしても静岡の人が車で東京へ出かけることは実際には少ないのです。

日本一分かりにくい道路、首都高の都心環状線を「初めてだったが、そんなに戸惑うことはな」く、スムースに乗りこなしているあたりも、初心者ドライバーとは思えません。

というわけで、おそらく辰也は夕樹より運転歴がずっと長いドライバーで、大学時代に東京を含めて、仲間と色々な場所に行ったのでしょう。福井にいた頃に18歳ですぐに免許をとったようなケースではないかと思います。一般に交通の不便な地方へ行くほど、免許取得の年齢は低くなるようですから。

余談ですが、免許取得翌日の初ドライブで、いきなりラブホテルに乗りつける夕樹のフロンティアスピリッツには脱帽。「駐車」はビギナーにとっての一大関門ですが、運転初日にまったく未知の場所でその試練に挑む彼の姿を想像すると、たしかに大きく成長したことが感じ取れます。

番外)就職先
他の方のレビューなどを読んでいると、「A面でたっくんが内定先を富士通と言っていたのに、B面で就職先企業が違ったのですぐおかしいと思った」という人がけっこういますが、これは伏線ではありません。B面冒頭に、
東京へ派遣。内定を貰っていた大企業を蹴ってまで、わざわざ静岡の会社を選んで入ったというのに……。僕はこっそり溜め息を吐く。(132ページ10行目)
という記述がちゃんとあります。ですから、論理的に矛盾していません。伏線ではなく、むしろミスリードですね。

【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
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謎解き『イニシエーション・ラブ』 第1章 時制のトリック


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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ


第1章 時制のトリック
A面の1年後がB面、というように見せておいて、実はA面とB面はほぼ同時進行。

最後の2行で、たっくんがA面とB面で別人であることに気がついたのに、この時制のトリックを見抜けなかった人もいるみたいです。「なーんだ、逆なのか。時系列はB面⇒A面なんだね。マユは夕樹を元彼の辰也と似た男に育てたかったから、ファッションチェックしたり、免許取らせたりしたのかー」という勘違い。これはなぜか女性読者に多いようです。

1−1)男女7人シリーズ
全編を通じて伏線およびミスリードとして出てくる、80年代後半の大ヒットドラマです。明石家さんま&大竹しのぶ元夫妻の結婚のきっかけがこのドラマであることは、あまりにも有名です。

男女7人夏物語』が1986年の7月〜9月放映。『男女7人秋物語』が1987年の10〜12月の放映でした。作品内は、もちろん1987年の『秋物語』放映時。B面で『男女7人』の話題が出るとき、読者は「1年前」の『男女7人秋物語』のことだと思って読んでしまうわけですが、実はさらにその前年の『男女7人夏物語』のことなのです。

「あっ、凄い。これってアレでしょ?」
「そうそう」
「『男女7人』でみんなが飲んでいた、あのゴボッってなるやつ。こんなの売ってるんだ。」
(B面150ページ10行目)

『男女7人』という略称は当時も一般的だったので、その下が「夏」なのか「秋」なのかを読み手は勝手に補ってしまいます。しかし、ブーツ型ジョッキが話題になったのは『夏物語』のはず。B面がA面の1年後を描いているとすると、およそ2年前のドラマで流行ったものをプレゼントしているわけで、

「でもこれ、たぶんいろいろある中でも、私的には一番だと思う。たっくんの選択眼、サイコー。」
(B面150ページ15行目)

とはならないでしょう。これを実際の1987年の7月と読みかえても、『夏物語』放映から1年が経過しているので、あまりオシャレな選択とは言い難いのですが、続編『秋物語』が開始されるというニュースもあったでしょうし、またこの日はマユが晴れてお酒の飲める歳、20歳になった日ですから、「ブーツ型ジョッキ」という選択も、まあ「アリ」と言ってもよいでしょう。

『男女7人秋物語』は時制トリックのポイントでして、A面の時制が1987年であることが確定されるキーとなっています。

1−2)国鉄・JRの呼称
国鉄が民営化され、JRと呼称を変えたのは1987年の4月1日です。A面は『男女7人秋物語』放映という事実で明らかになるとおり、1987年の夏から冬。B面がその1年後であるなら、1988年のお話のはずですが、

駅の方向に並んで歩きながら、「石丸さんは地下鉄?」と聞くと、
「あ、国電です」と言ってからすぐに舌を出し、「──じゃなくてJR。田町駅です」と訂正した。国鉄が民営化されてから数ヶ月が経つが、JRという社名には僕もまだ馴染んでいなかったので、別に訂正しなくてもいいのにと思った。(B面178ページ14行目)

と言っています。逆に、その1年前のはずのA面で

詳しいと自信を持って言えるのは、大学周辺と自分のアパートの近所と、今までに受け持った数軒の家庭教師先までの道筋と、あとはJRの駅近辺についてならば多少は、といった程度でしかない。(A面49ページ14行目)

などとさらっとJRという呼称を使っています。B面で「変更されたばかり」の「JR」が、ずーっと以前のはずのA面で当たり前のように使われているわけで、あきらかに矛盾します。

A面のこの場面は1987年8月14日で、B面のほうは1987年7月13日。実際にはB面のほうが1ヶ月も前になるんですね。

1−3)BOOWY
B面で辰也が静岡に帰ってくるときのくだりに、

ドライブの間はFMを聞いて何も考えないようにしていた。ラジオではBOOWYのニューアルバムの収録曲が紹介されていて、僕はそのビートに酔いながら高速を飛ばしていた。(B面237ページ16行目)

というのがあります。B面がA面の1年後であれば、この日は1988年9月19日なのですが、BOOWYは1988年の4月4日・5日の「LAST GIGS」をもって、すでに解散しています。というわけで矛盾。このときの「ニューアルバム」というのは1987年9月5日に発売され、初登場1位をとった6thアルバムにして最後のアルバム『PSYCHOPATH』のことになります。

1−4)中表紙と目次
中表紙および目次にも伏線があります。

SIDE-AとSIDE-B。第1部、第2部ではなく、A面とB面となっており、章の名前はラブソングの曲名です。そしてA面とB面の表紙部分のデザインはドーナツ状の円。
A面中表紙
つまり、本全体の構成がアナログレコードを模しているわけです。

これが意味するのは、A面とB面は「続き」ではなく「表と裏」だということ。若い世代には、すでにわかりにくい暗示なのかもしれませんが。

また、手元に本がある人は表紙を見てみましょう。右下にプラスチックの箱がありますが、これはオーディオカセットのケースです。
カセット

よーく見るとインデックス部分に曲名が書かれていて、それがこの本の章立てとなっている曲名なのです。目をこらせば「木綿のハンカチーフ」「夏をあきらめて」あたりは判読できます。

アナログレコードだけでなく、カセットテープという小道具も使って「A面とB面は表と裏だよ」と読者に囁きかけているわけです。つくづく手が込んでいますね。

トリック解説という本筋からは外れますが、ここでちょっと章立てに使われている曲について解説をしておきましょう。すべて80年代を中心としたヒットナンバーで、現在30代以上の人にとっては大変懐かしい曲ばかりです。A面はハッピーな曲、B面はアンハッピーな曲で占められています。

■A面
曲名
アーティスト
発表年
揺れるまなざし小椋佳1976年
君は1000%1986オメガトライブ1986年
YES−NOオフコース1980年
Lucky Chanceをもう一度CCB1985年
愛のメモリー松崎しげる1977年
君だけに少年隊1987年

■B面
曲名
アーティスト
発表年
木綿のハンカチーフ太田裕美1975年
DANCE浜田省吾1984年
夏をあきらめてサザンオールスターズ
研ナオコによるカバー)
1982年
心の色中村雅俊1981年
ルビーの指輪寺尾聰1981年
SHOW ME森川由加里1987年

すべて物語の中の年である1987年以前に発表された曲のようです。

この本に杉山清貴という名前が出てきます。

唯一持っていたアロハを、Tシャツの上に重ねてみる。サングラスを掛けて杉山清貴を気取ってみようかとも思ったのだが、(A面27ページ1行目)

杉山清貴は「オメガトライブ」というバンドのボーカル。杉山清貴がソロに転身した後、「オメガトライブ」は、日系ブラジル人であるカルロス・トシキを新たにボーカルに迎えて「1986オメガトライブ」を結成しました。『君は1000%』は、その「1986オメガトライブ」のヒットナンバー。その後「1986オメガトライブ」は「カルロス・トシキ&オメガトライブ」と改名しています。

『DANCE』は浜田省吾の曲でいいと思うんですが、ちょっと自信ありません。他のメジャーさに比べて、この曲だけ妙にマイナーなんですよね。乾くるみ氏の思い出の曲なんでしょうか。

『夏をあきらめて』は本家のサザンオールスターズよりも、カバーした研ナオコ版のほうが有名ですね。カバーというよりは、研ナオコに提供した曲をサザンも歌っていると言ったほうが近いかもしれません。『世界に一つだけの花』におけるスマップと槇原敬之のような関係。

『SHOW ME』は1−1で扱った『男女7人秋物語』の主題歌です。キーとなっているドラマの最終回とほぼ同時に迎える物語のラストが、その主題歌の名前をつけた章で、意味は「私に見せて」。「さあ、最後に衝撃の事実を見せるよー」というわけですね。

歌つながりで蛇足を1つ。D-51の歌に「ハイビスカス」というのがありますが、この歌詞がA面夕樹のシチュエーションと思いっきり似ていて、ちょっと笑ってしまいました。

【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章 暗示と象徴
  第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
  第6章 おまけ
posted by ゴンザ at 19:30| 静岡 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 小論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

謎解き『イニシエーション・ラブ』 序章 時系列データ

一部ミステリーファンの間で論議を呼んだという問題作、『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ作・原書房刊)を読んでみました。

『イニシエーション・ラブ』 乾くるみ

賛否両論の激しい本ですが、なるほど、確かに「そうか、こう来るか!」と感心する作品でありました。考えれば考えるほど味の出てくるスルメのようなお話です。

そこで、私なりにこの作品の謎解きをしてみようと思います。「ネタバレ」ではなく思いっきり「ネタバラシ」です。これから読む気のある人にとっては、楽しみが半減するどころではありませんので、絶対に目を通さないで下さい。それではスタート。

【警告!】
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!

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【目次】
  序章  時系列データ
  第1章 時制のトリック
  第2章 すり替えのトリック
  第3章 交錯ポイントと心理の動き
  第4章