【警告!】
この下の文は小説『イニシエーション・ラブ』のネタばらし解説です!
『イニシエーション・ラブ』を読んだことのある人以外は、この下の記事を読むのは絶対にやめましょう!
かなりの長文なので、文字反転などのテクニックも使っていません!
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【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ
第6章 おまけ
ちょっと引っかかった部分を最後にいくつか。
6−1)蓬莱美由紀の謎
物語の終盤になって現れる石丸美弥子の姉で、女優の蓬莱美由紀。どう考えても物語に関係があるとは思えない存在なのですが、いきなりとってつけたように出現します。しかも
「あ、じゃあ蓬莱美由紀とも会えるってこと?」(B面255ページ11行目)
美弥子の姉が蓬莱美由紀だということを知ったのはつい最近である。蓬莱美由紀もけっこうな美人だが、美弥子とはタイプが違っていたし、年も離れていたので、(僕が十歳とかそのくらいのときに、ドラマで高校生役をやっていたのを憶えている)、最初にそのことを知らされたときには、まさかと思った。
ただし美弥子は、七歳年上の姉とはあまりうまくいっていないという。(B面255ページ16行目)
会話を交わしているのは僕と美弥子と彼女の両親の四人だけで、蓬莱美由紀(というのは芸名で、本名は石丸美由紀──結婚後は鷲尾美由紀)と、その夫の鷲尾さんは、ほとんど会話には加わらず、ただ目の前に出された料理を片付けているという感じだった。(B面260ページ7行目)
とけっこうな字数を割いて、しつこく解説がされています。いったいこれにはどんな意味があるのでしょうか? 乾くるみ氏の過去の作品に出てきた、あるいはこれから出すつもりのキャラクターなのでしょうか?
ところで、『イニシエーション・ラブ』という題名は作品中で石丸さんが言うように、「通過儀礼としての恋愛」ということですが、それぞれのキャラクターは「イニシエーションの連鎖」でつながっています。イニシエーションを受けた人が、イニシエーションをもたらす存在へ。「天童⇒石丸美弥子⇒辰也⇒マユ⇒夕樹」という順序で、通過儀礼をもたらしています。
ちょっと思ったのですが、蓬莱美由紀が連鎖の中に入るとしたら、面白いですね。つまり「天童にイニシエーションをもたらしたのが蓬莱美由紀」という展開。
天童は演劇人であり、蓬莱美由紀は女優ですから、接点はあります。また美弥子の7つ年上ですから、天童よりもいくつか年上ですね。蓬莱美由紀に翻弄された天童。それによって「ただし美弥子は、七歳年上の姉とはあまりうまくいっていない」という状況が生まれたのかも?
さらに蓬莱美由紀の旦那の鷲尾さんが加わって、連鎖は「「鷲尾⇒蓬莱美由紀⇒天童⇒石丸美弥子⇒辰也⇒マユ⇒夕樹」。これで夕樹と鷲尾さんが親戚だとかいう因縁が重なれば、因果はめぐる糸車って感じですね。
[追記]
後で知ったことなのですが、4−1でも触れたように、天童は『塔の断章』にも『リピート』にも出てくる、タロットシリーズを貫く登場人物だそうです。
ふむ。そうなるとちらっとだけ出てくるこの「蓬莱美由紀」、他のタロットシリーズに登場させるための布石という可能性が出てきました。
タロットの番人・天童と蓬莱美由紀に個人的な接点がある場合、蓬莱美由紀がタロットシリーズの他の話に登場する可能性は非常に高くなります。シリーズの狂言回し・天童と共演、という形ですね。
そして上述したように、天童は「北斗七星」メンバーで演劇人、蓬莱美由紀は女優。蓬莱美由紀が、「北斗七星」の元看板女優であり、そこを足がかりに子役女優から本格派のプロの女優にステップアップしたと考えると、2人の間には強い接点があることになります。
美弥子によると、北斗には慶應の現役生でなければ入れないという規律があるのだそうで(ちなみに一度入団してしまえば、その後に卒業しようが中退しようが本人が辞めたいと言い出すまでは団員でいられるらしい)(257ページ3行目)
妹の美弥子が慶應大学の出身で、非常に裕福な家の娘であることを考えると、姉の美由紀もおなじく慶應大学に通っていた可能性は高いですね。
蓬莱(石丸)美由紀が「北斗七世」出身の女優なのではないか、という仮説には、実はもうひとつ根拠があります。
「美弥子さんが抜けたのは、ウチの劇団にとってはホント、大ダメージだったんです。戻ってきてくださいよ。」と松島さんが言う。「北斗七星」というその劇団内では、石丸さんは下の名前で呼ばれていたらしい。(181ページ9行目)
「劇団内では、石丸さんは下の名前で呼ばれていた」。後輩から下の名前で呼ばれるというのは、あまり一般的ではありません。では、どんな時にこういう呼び方がされるでしょうか?
そう。同じ名字の人が同じ組織にいた場合ですね。
「北斗七星」で「石丸さん」と言えば石丸(蓬莱)美由紀のことだったのが、妹が加入したことによって、「石丸さん」が2人になった。そうなると下の名前で呼ぶしかありません。「北斗七星」は卒業生でも所属していられる劇団ですから、7歳違いの姉妹と天童が同時に籍を置いていた時期があってもおかしくはありません。
そして、この時期の「北斗七星」内部を巡る話が、これからのタロットシリーズで語られるのではないでしょうか。ひょっとすると、蓬莱美由紀の旦那・鷲尾氏や、天童の親友・ハヤト氏も巻き込む形で。
もちろんそれは、過去の話になります。タロットシリーズが1枚/1年だとすると、第1のカード「マジシャン」は1982年にあたり、ゼロとされる「フール」のカードが1981年。少なくともこれ以後の話になりますね。こんなお話はどうでしょう?
1982年。天童は現役の大学生。美由紀は卒業後も「北斗七星」の看板女優として活躍している。当時付き合っていた天童と美由紀を襲う、劇団内の奇怪な事件! 「オペラ座の怪人」のように暗躍する「マジシャン」の正体とは!?
……「金田一少年の事件簿」かよオイ。
まあ、そんな感じで(どんな感じだ)、事件を通して天童と美由紀はすれ違い、別れを迎えます。天童にとってのイニシエーション。
通過儀礼を経た天童の前に、18歳の少女が現れる。
「石丸美弥子、美由紀の妹です。うまくいけば、来年にはあなたの後輩になるかもしれません。」
天童の眼が皮肉に光った……。
ほうら。きれいにつながった! やったね!
……えーと。この話は忘れてください。
6−2)FM-7とN5200
それから、これは疑問。
作品中に富士通の「FM-7」とNECの「N5200」というたいへん懐かしいコンピュータが登場します。
「あ、僕はもう、今年の春には内定を貰ってます」
「どこに行くんですか?」
「あの……富士通です。コンピュータの会社の。FM-7とかオアシスとかの」(A面53ページ10行目)
「じゃあ、僕の脇机の5200を使っていいから」
<中略>
僕たちはコンピューターの端末(N5200)の前に陣取って、まずは文章の入力のためにランワードを立ち上げた。(B面173ページ7行目)
で、この2つの機種が「時制のトリック」の伏線になっている、というような噂を聞いたのですが、その根拠がわかりません。
FM-7もN5200も発売は1982年だそうですが、「時制のトリックの伏線」として成立するためには、男女7人のドラマ放映のように「ある時期を限定するタイプのもの」か、JR/国鉄やBOOWYのように「ある時期を境に変化したもの」でなくてはならないはず。コンピュータは一度発売されたら、生産が中止されたとしても、「世の中から全てなくなる」というものではないので、伏線としては成立しないと思うのですが……。
この2つが「時制のトリックの伏線」だ、という話は、どこから来たのでしょうか? それはどういう根拠なのでしょう? 誰かご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
6−3)表紙裏
表紙裏、というのでしょうか、カバーの折り返し部分に書かれている「あらすじ」は以下のようなものです。
大学四年の僕(たっくん)が彼女(マユ)に出会ったのは代打出場の合コンの席。
やがてふたりはつき合うようになり、夏休み、クリスマス、学生時代最後の年をともに過ごした。
マユのために東京の大企業を蹴って地元静岡の会社に就職したたっくん。ところがいきなり東京勤務を命じられてしまう。
週末だけの長距離恋愛になってしまい、いつしかふたりに隙間が生じていって……。
……こんなにあらすじの書きにくい本もなかったでしょうね。編集者が書いたのか、乾氏本人が筆をふるったのかわかりませんが。
普通に読むと、一連の物語のあらすじ。ただ、読み終わった私たちからすると、1文目と2文目はA面を、3文目以降はB面を表していることがわかります。3文目に「そして」というような接続詞を入れずに、もう一回あらためて「たっくん」を出しているあたりに、あらすじ作成の苦労が感じ取れます。
また、1文目と2文目は夕樹と辰也どっちにも共通することを書いていて、3文目以降は辰也のことだけを書いている、とする説もあるそうです。つまり、全文通して辰也については当てはまる、ということです。
たしかに夕樹も辰也もマユに出会ったのは「大学4年」の時。辰也が「代打出場」かどうかはわかりませんが、どちらの出会いも合コンであるのも事実です。そして「学生時代最後の年」をともに過ごしています。辰也&マユで見ればどちらも学生時代最後の年ですし、夕樹&マユの場合は、夕樹の学生時代最後の年ですから。ふむふむ、面白い。
うーん。でもどうでしょうねえ……。そこまで考えたのなら「代打出場の」のところが引っかかっちゃうんですよね。これは夕樹限定っぽい要素です。もしそういうトリックにしたいのなら、わざわざ「代打出場の」なんて書かずに、「ある日の合コンの席」とかにぼかして、共通項だけでまとめてしまえば良さそうです。辰也はモテるようなので、「代打出場要員」にはふさわしくないですしね。
代打にわざわざモテるヤツ呼びますか、男性諸君?
6−4)なぜサゲが終わりから2行目なのか?
この作品で読者が驚愕を覚えるのは、最後から2行目の
「……何考えてるの、辰也?」(B面263ページ8行目)
の一文です。これが落語で言うところの「サゲ」。「いえいえ、皮が破れて、なりませんでした」とか、「いや、やめとこう。また夢になっちまうといけねえ」みたいなものです。
ところで、乾氏はなぜこの「サゲ」を最後の一文ではなく、最後から二番目に持ってきたのでしょうか? 必殺技「驚愕どんでん返し!」は、最後の最後に使ったほうが効果的な気がしますよね。
これは、最後の一文を「……何考えてるの、辰也?」として終わらせると、読者の中にはこの「サゲ」の意味を勘違いする人がいるからだと思われます。
この一文だけだと「石丸美弥子が夕樹の名前を間違えて呼んだ」という解釈もできてしまいます。すると「なーんだ、この男、二股かけてマユを『美弥子』って呼んだにあげくに逆ギレしてフったくせに、自分も美弥子に二股かけられて名前間違われてやんの、ザマミロ」という、違う結論にたどり着いてしまう人が出てくるんですね。ですから、
「なんでもない」と僕は答え、追想を振り払って、美弥子の背中をぎゅっと抱き締めた。(B面263ページ9行目)
という一文で、B面たっくんに「辰也」という名前をきちんと受け入れさせているのです。これで「辰也」という名前は間違いではないんだよ、と読者に訴えかけることができるわけです。
もちろん、最後のバラシ方を根本的に変えてしまえば、最後の一文にサゲを持ってくることも可能ではあります。その場合は、B面たっくん自身に「鈴木辰也です」と名乗らせる手法になると思われます。名前が違っていて、しかもそれが間違いでないということを一文で表現するには、そうせざるを得ないでしょう。
ただ……「鈴木辰也です」で終わるのは、恋愛物語の結びとしては、ちょっと変すぎ。ダサすぎ。サゲをラスト2行に持ってきたのは、乾氏の「自然なだまし」に対するこだわりと言えるのではないでしょうか。
6−5)謎の人物X
蓬莱美由紀をはるかに上回る『イニシエーション・ラブ』最大の謎の人物をここでご紹介いたしましょう。
最近ではマユのほうでもそれを承知していて、どうでもいい話──たとえばコオロギ爺さんの入れ歯の話とかは、電話ではなく、週末に直で会ったときに話すようになっていた。(B面208ページ6行目)
コオロギ爺さん!
誰だお前は。そしてすげえ気になる入れ歯の話。いったいどんな話なんだ。
手がかりは多くありません。「コオロギ」「爺さん」「入れ歯」、この3つのキーワード。「入れ歯の話」であり、マユの職業が歯科衛生士ということを考えると、まず間違いなくマユの働く秋山歯科クリニックの患者の一人でしょう。
さあみなさん、「コオロギ」「爺さん」「入れ歯」で三題噺にチャレンジです。
「たっくん、あのねあのね。」マユが僕の袖を引いて話しかけてきた。こういう時のマユはたいてい何か話したいことを抱えている。
「面白い話があるの。」やっぱり。しかしマユはこういう切り出し方をすることで、自分かから面白さのハードルを上げていることに気づいていない。いつもこうして期待を持たせておいて、オチのないどうでもいい話を聞かされるのだ。
「なんだよ……」めんどくさそうな僕の反応を気にすることなく、というよりは、絶対面白いから興味を持つはずだ、といわんばかりに、マユは嬉しげに話し出した。
「あのね、うちのクリニックに最近『コオロギ爺さん』っていう人が来てるの。」
「……誰だって?」
「コオロギ爺さん。」
くやしいが興味を引かれてしまった。「それは新種の妖怪か?」
「ちがうよー。70過ぎの普通のおじいさん。ゴラがつけたあだ名なの。」
「なんでコオロギ?」
「それはね、ほら、治療中にうがいするでしょ、その時の音がね、コーロコロコロコロってすごく高いコオロギみたいな音だから。聞いてておかしくておかしくて。」
僕はその光景を想像してみた。不覚にもちょっと笑ってしまった。「ははっ、なるほどな。」
「でね、そのコオロギ爺さんは今入れ歯を作ってるんだけどね。」マユは僕が笑ったので嬉しそうだ。僕も少し気を入れて聞いてやることにする。「ふんふん。」
「何度作っても、気に入ってくれないの。」
「へえ。そりゃまたなんで。」
「それがね。」マユはニコニコしながら言った。
「いつもはめてから鏡を見て『おらぁ、もっといい男のはずだよ。作り直してくりょ』って言うの! あはっ、面白いでしょ!」
……またやられた。マユの「面白い話」はいつもこうだ。最後のオチでどんでん返しの肩透かしを食らうのだ。
ごろりと寝転びながら僕は言った。
「8点。100点満点でな。」
6−6)最後に
この『謎解き イニシエーション・ラブ』では、分析してその解説をすることに徹していたので、最後にちょっと自分なりの考えを。
この小説の本質は、文学というより「クロスワード」とか「パズル」とか「まちがいさがし」に近いのではないでしょうか。「新聞に載っているパズルに挑戦する」というタイプには向くでしょうが、「そんなことは考えもしない」という人には向きません。
ものごとを感覚的にとらえる人にはまったく面白くありませんが、しつこく論理的に分析する人間には面白いです。
物語に、「精巧な緻密さ」をもとめる人は感心できますが、「ドラマ性」や「共感できる人物像」をもとめる人には見るべきところが少ないです。
そして、この本が美しい表現や情緒的な描写による感動を与えてくれるのを待っていると失望しますが、淡々とした文章の裏にあるものについてあれこれ自分なりに想像をめぐらしてみることができるなら、楽しめることでしょう。
というわけで、『イニシエーション・ラブ』は万人向きでない、読む人を選ぶ小説である、というのが最後まで分析好きな私の結論なのでした。
なお、こんな分析をやったせいで、私のことを相当なミステリマニアだと思われる方もいらっしゃるかとは思いますが、それはまったく違います。アガサ・クリスティもエラリィ・クイーンもほとんど読んだことがないですし、東野圭吾や宮部みゆきも何冊かという程度。この『イニシエーション・ラブ』も途中で見破ったわけではなく、きっちりどんでん返されたクチです。だからこそ、逆にこんな分析をやってみる気になったわけです。マニアでないから面白かった、ってことですね。
ミステリマニアの方々にとっては、「使い古された手だ」「B面読み始めてすぐ分かった」「分からないほうがおかしい」「で、だから何?」という作品かもしれません。ですが、一読で見破ったことを自慢しても、それは面白かったと思っている方の感情を害するだけで、誰も愉快な思いはしません。そんなことは言わぬが花。私のようにころっとだまされるミステリ初心者を、暖かい目で見てあげてください。
以上、小論文を終了します。長文をお読みいただき、ありがとうございました。
おまけのおまけ) 叙述型ショートショートを自分でも書いてみました。800字と短いので、おひまなら読んでいってください。⇒800字ショートショート『人待ちの情景』
【目次】
序章 時系列データ
第1章 時制のトリック
第2章 すり替えのトリック
第3章 交錯ポイントと心理の動き
第4章 暗示と象徴
第5章 「静岡ローカル小説」としての『イニシエーション・ラブ』
第6章 おまけ











